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【ものがたり】ショートショート

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短い物語を。温かく見守ってください。修行中です。
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#掌編小説

とある日記の抜粋|ショートショート

1月30日 最近どうも肩凝りがひどい。知人の理学療法士に相談するも、肩はそんなに凝っていないと言われた。そんなはずはない。こんなにつらいのだから。けれどプロがそう言うということはそうなのだろう。身体に触れられて、ひさしぶりの感覚にときめいた。異性に触れられるなんて、別れて以来だ。 1月31日 頭痛が止まらない。常備しているロキソニンを2時間ほど前に飲んだのだが、それでも一向に痛みが消えない。毎月のように飲むものだから身体が慣れてしまったのだろうか。なんだか心臓まで痛くなって

とある男女の場合|ショートショート #月刊撚り糸

レイカの場合 人生泣きたくなることなんてそうそうない。基本スタンスは開き直りと諦め。別に悲観論者じゃないけどそうやって生きてきた。映画で感動して泣くことはあっても、自分の身に降りかかる出来事って、泣いても仕方ないじゃん。泣くくらいならなんとかする術を考えるし、それができないなら開き直る。  そう考える私は、どうやら強い女に分類されるらしい。自分ではそう思わないんだけど、そう言われて生きてきた。 +++ 「レイカはさー、ゼロの人間なんだよ」 「え? ゼロ?」  急にわけわ

名前のない距離 ~ショートショート~

 いつもの談笑。あほみたいな話で笑っていたのに、急に君は言った。 「いい機会やからさ、決まった人作ろうと思うねん」  へえ、と返した声は平静だったろうか。ひやり、と冷たい液体が内臓を撫でた気がした。  君と私、ふたりの関係に名前はない。だからかな。君は平然と、うん、と言い話を終わらせる。  ここで、探るように私を見てくれたらまだ救われるのに。もしかしたら、踏み込む勇気を持てるかもしれないのに。  私は黙って飲み物を啜る。 「恋人ってさ、どれくらいの頻度で会いたいもん

ほどけるプリン ~ショートショート~

 パチパチパチ……。PCのキーボードが鳴る音が響く。音を立ててキーボードを押し込むと、なにかをしている実感が出て良い。それに今このオフィスには誰もいないのだから、騒音だとか気にする必要はない。いっそ歌でも歌ってやろうか。  iPhoneに手を伸ばし、お気に入りの曲を流そうとして気づいた。 ――新着メッセージ1件  FaceIDで開く画面は、すぐにそのメッセージの内容を表示する。 ――最近どう?美味しいプリンがあるんやけど、久々に会わへん? 「ありゃ」  思わず漏れた声

やさしい人 #やさしさにふれて

 やさしい人ね、とよく言われるけど、僕はその度に困って曖昧に笑うんだ。だって僕は、全然やさしくない人間だから。 ***  小学生の頃、まあありがちだけど、僕はいじめられていた。痩せてメガネをかけていたから、っていうのがきっかけだったんだと思う。中学生になっても、一部でそれは続いた。だってほとんど同じ小学校から来てたんだもの。だから僕は息を殺して生きていた。  変わったのは高校生になったときだ。だれも僕を知らない環境に行きたかったから、同じ中学から志願者がいない高校に出願

袖摺れの君 #旅する日本語

「結婚、しようかな」  君が突然言うから、私はとても驚いた。   君と私は、もう15年近く傍にいる。一緒に寝たことはない。それでも私たちはお互いのものだった。 「お前の存在をいやがる彼女なんていらない」  冷たくそう言った君を思い出す。私はいつでも君の中の1番の女で、これからもそうだと思っていた。  袖摺れ、と言えるほどの距離が私たちには当然のようなのに。  それでも私たちは決して重ならない。だからこうなんだろう。  この距離を、新妻になる彼女はどう思うのだろう。 「旅