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【ものがたり】ショートショート

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短い物語を。温かく見守ってください。修行中です。
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2021年1月の記事一覧

満たすモノ|ショートショート

 ぺろり、と上唇を舐めた。生クリームの味。昔あんなに大好きだったのに、今ではちょっと重いなと思う味。 「でね、どう思う? もうほとんど1年もしてないの」  目の前に座る彼女は、あたしと同じものを飲んでるはずなのに生クリームが上唇に付かない。器用だからなのだろうか。 「1年かー。それは長いね」  かく言うあたしは、ほとんど1年恋人もいない。彼女が左手で飲み物を手に取った。薬指の指輪がきらりと光る。自慢のダイヤモンド。 「こども欲しいのに、こんなんじゃ困る」  くいっと寄せられた

降ってわいたお手伝い|ショートショート#note墓場

 落とし物を拾った。とても奇妙な落とし物を。 「これ…なに…?」  それを持って帰ると、妻はぐっと眉をしかめて、なにかこわいものでもあるかのようにそれを見た。 「分からない。見た目通りなら、手、だと思う」 「うん、そうね、わたしにも手に見えるわ」  険しい顔のまま頷いた妻は、それから目を離さずに僕のジャケットをハンガーにかけた。 「不思議なのはね、なんで手首から先だけが独立してるのかってことなの」  僕は頷く。妻の疑問はもっともだ。手、というものは普通腕があって

【あとがき】無花果の愛

 初めて5000字を超える小説を掲載した。いつも投稿している『ショートショート』のジャンルは800~4000字のものを言うらしい。なので今回は『短編小説』とくくることに。  せっかくなので、あとがきを書いてみようと思い立った。ネタバレというか解説を含むので、本編未読の方はどうか本編を先に読んでいただきたいです。 +++  愛の形ってなんだろう、そう考えたのがはじまりだった。かつては見合い結婚の時代であったし近年は恋愛結婚の時代であるが、その様相もどうやら変化しつつあるらし

無花果の愛|短編小説

 かぐわしい食べものの香りと、人々のさざめきに溢れた空間。温かみのある木でできたテーブルと椅子。男が初対面の場に選んだ店はまさに、ムードがある、と言うに相応しいところであった。その男がお手洗いに立ったタイミングで、溜まった通知を消化しようと千晃(ちあき)は自身のスマホを手に取る。顔認証で画面を開き、その瞬間目に飛び込んだ文字に思わずえ、と声を漏らした。 ――今日なにしてるーん?  少し考え、一旦未読のまま放置して他のメッセージに返信を送ることにする。その作業を終えてちらり

天使になった少女|ショートショート

 高所恐怖症の少女がいた。少女は一軒家に住んでいたが、2階のベランダすら怖くて行くことができなかった。  ある夜、彼女の肩甲骨が疼き、次の朝には真っ白い翼が生えていた。少女は驚き慌て、母に報告した。母はため息をつき、気の毒そうに言った。 「あなたは半分天使なの。いつかいつかと思っていたけど今日だったのね」  少女は泣き、学校を休んだ。入学したばかりの高校では友達もいなかったから、誰も少女を心配したりはしなかった。  その夜のごはんは赤飯だった。  少女の翼は雲を目指したがっ