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誰のために書くの?

10代の人に向けて、この社会を生きていくための、トリセツになるような知恵を手渡したい。

そんなコンセプトで本を作り始めた。
第一稿に執筆メンバーと応援メンバーによるコメントを入れてもらって、〆切を決めて第二稿を仕上げた。

が。なんだかもう、よくなったのか悪くなったのかよくわからない。ということはまだ全然「書けてない」のだと思う。気が遠くなる。

概念的な話が続くとわかりにくい。
例として自分の体験を話すと、興味が持続しないのではないか。
結局、飲みの席で長々と話し始めちゃった年上のめんどくさい人、みたいな原稿になってるんじゃないか。

幸いなことに、我が家にはいま14歳と17歳と、時々22歳の人が加わって、リアルなトークを繰り広げている。この人たち、この原稿読まないよね。っていう実感だけは更新されていく。

しかも、リアルタイムで、自分が原稿に書いた「怒り」や「自分らしさ」や「恋愛(人を好きになったり別れたり一緒にやっていくこと)」のケースワークみたいな出来事がふりかかってきて、自分自身が、まだまだトリセツを作りながら生きてる段階なのだと思い知らされる。

応援者の方にも入ってもらった編集会議で、「私たちは、本当に10代の人に向けて書いているのか?」という問いをあらためていただいた。むしろ、10代の自分を癒し切れていない、成人のための(とくに自分の・・・)本なのではないか。

あの時自分が知りたかったことは、トリセツを直接手渡されたら読まなかったかも。あったらよかったのは、私が試行錯誤しながら自分自身のトリセツを書きながら生きていくことを見守ってくれるような存在(個人ではなく、社会にそんな気配があるような)。

そんな本にできるだろうか。
生みの苦しみとよろこびが続く。

あ、あともうひとつ、わかったことがある。
お手本のひとつにしている素晴らしい本があって、その本のタイトルが「サバイバル・ガイド」なのだ。
私は、この世を「サバイブ」するというほど過酷なとらえ方をしないでほしいと、10代の人にも10代の自分にも思っていることがわかった。
「トリセツ」とはRPGゲームの攻略本みたいなイメージ。私にとって、この世界はワンダーランドだし、10代の人にもそう思って生きて行ってほしいなと思っているんだな。この世界を、愛と希望と遊び心をもって、堪能してほしい。そして、もっと面白いものに創っていって欲しいんだ。

自分の願いで、自分の足元を照らしながら、進む。
応援ありがとうございます。



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