【短編】断頭台

   歯医者は嫌いだ。薬品めいた空気、胡散臭い小綺麗さ、そして甲高いドリルの音。物腰の柔らかい歯科衛生士が思いがけぬ力強さで顎を抑え、為す術なく子供が泣き喚く。なんとも不憫である。そんな様子をぼんやり眺めているうちに、私の執行猶予が終わったらしい。看守が名前を呼ぶ。幅の広い台座はクッションがやたらと硬く、どうもしっくりこない。そのまま仰向けにされ、私は放置される。真上に構えられた大仰なライトがやや傾いていることも、むず痒い不調和にひと役買っていた。クリーム色の天井には黒い斑点があり、私はそれをただ見つめることにした。
   暫くして、執行人の男がやってきた。ゴム手袋をした彼の大きな手がライトを直したが、まだ少し傾いている。本当に気が散る。今私は、斑点を見つめることに集中したいのだ。無論、今から口に突っ込まれる金属の音を聞いて怖気付き、虫歯を作った後ろめたさに苛まれている訳ではない。決して。そしてついに顎を抑えられた時、先程の子供の泣き顔が脳裏を過った。口をもう少し大きく開け、など知ったことか。蛮行に手を貸す義理はない。あぁ、何と浅ましいことであろうか。こんな苦行に自ら金を払っているなんて。殆どゴム手袋が覆い隠した天井をどうにか垣間見ようとしていると、なんと男は目を閉じることを勧めてきた。ライトのせいで圧迫感のある暗闇の中、研ぎ澄まされた聴覚は篭ったドリル音を一層強く響かせる。絶対に血が出ている。確信した。私の口腔は今、予期せぬ外敵によってめちゃくちゃにされている。しかし、断頭台の私はあまりに無力であった。台座を起こされ、口を濯げと促される。
   紙コップの水をいくらか含み、屍だらけの唾液と混ぜる。しかし、吐き出したそれは一切の血の赤を纏わず、寧ろその清澄さを見せびらかすように排水溝へ流れていき、私の身体中の神経を逆撫でるのであった。

天井/水

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?