【短編】閉扉

   道化のような影を引き摺り、宵街を蠢き歩く男があった。談笑に耽る女郎、路肩で腹を見せる浮浪者や蚤を掻く野良犬などは、嗚呼飲んだくれの千鳥足だと、少しばかりの瞥をくれてやったあとは、なんともない。しかし、この男は頓痴気な酔っ払いでもなければ、道を知らぬ余所者といった具合でもない。ぼんやりとしているが、何処か覚束ない様子で、眩そうに街灯を避け、すれ違う肩を暴れるように躱してゆくのである。程なくして男の姿は、雑踏の奥へと遠のいていった。

   独房は心地がよかった。丸めた腰を転がすと些か背を痛めたものの、悴み鬱血した手足も、乾き張り付いた喉も、重たげに垂れた首さえ、動かす用事がなかった。浮世隠れした地下牢の大袈裟に太い鉄格子が、錆臭く肢体を包んだ。おれは人を殺した。しかしそれすらも、ただ鈍く澱んだ頭の端へと追いやることができた。
   こうして男は、生きたまま死んだ。

   その日、通りの外れでまた殺人があったと、翌日の新聞は伝えた。

鉄/生

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