法律・宗教・そして道徳

犯罪(crime)と罪(sin)

犯罪(crime)は外的(法的)に発覚す(裁かれ)る。罪(sin)は内的(宗教的)に確証(告白)される。内的思考(信条)がどうであれ、外的振舞ふるまいが法に触れていれば犯罪(crime)であり、外的振舞ふるまいがどうであれ、内的思考(信条)が教義に反していれば罪(sin)である。

したがって偽犯や偽信は不可能である。超越論的なんちゃってビリティ(transcendental nanchattebility)がこの領域には存在しえない、と云ってもよい。偽犯の不可能性は喩えば、演劇の最中さなかにヒロインを刺し殺した俳優が「なーんちゃって、私はリアルな殺人者を演じただけさ」と(可能的に)云うことでその犯罪性が消滅することはない、ということに示され、偽信の不可能性は喩えば、礼拝を終えた男が「なーんちゃって、私は敬虔な信者を演じただけさ」と思うだけでそれは信仰ではなくなる、ということに示される。――このことは「犯行」や「信仰」は言語行為ではないということを帰結するのではなかろうか。

善行(good deed)と悪行(misdeed)

善行(good deed)とは、「未来の私」あるいは「今の他者」を利するために「今の私」を害する行為*のことであり、悪行(misdeed)とは、「今の私」を利するために「未来の私」あるいは「今の他者」を害する行為のことである。

善行(good deed)と悪行(misdeed)は外的(内的)に発覚す(確証され)る。内的思考(外的振舞ふるまい)がどうであれ、外的振舞ふるまい(内的思考)が道徳律に則していれば善行(good deed)であり、反していれば悪行(misdeed)である。このような(内外の反転構造が観て取れる)記述にならざるをえないのは、道徳には「偽善なんてありえない(行為の善悪には客観的な判定基準があり、それしかありえない)」という法律風道徳解釈と、「偽善こそが最も不道徳である」という宗教風道徳解釈があるからである。ここに道徳のぬえ(法律と宗教のchimaeraキメラ)性が示されている。

ぬえであるがゆえに偽善は可能である。偽善とは善行(good deed)を騙った悪行(misdeed)のことであるが、ここで重要なのは、多額の寄付をしたプロサッカー選手が「なーんちゃって、私は善行(good deed)を為す振りをしただけさ」と云うどころか思うことすらしていないとしても、他者はそれを道徳的に(偽善と看做して)非難しうる**という点にある。
*「未来の私」を直接的に利することがどうしてもできない者には、「今の他者」を経由することで
間接的に「未来の私」を利する道が残されている。この種の道徳律を「ナナメの道徳」と云う。
**なぜ非難しうるのかと問われれば、それは道徳が鵺だからである。

「完全犯罪(perfect crime)」と「最後まで発覚し(確証され)なかった悪行(misdeed)」の不可能性

「完全犯罪(perfect crime)」とは最後まで発覚しなかった犯罪(crime)のことであるから、じつは犯罪(crime)ではない。発覚しなければ法で裁くことは不可能だ――犯罪(crime)の文法に反している――からである。それどころか「完全犯罪(perfect crime)」なるものは、発覚することで〈もともと単なる犯罪であった〉ということになる*のだから、原理的にありえない。発覚するまでは何物でもないのだ。
*この種の構造を「青い鳥構造(Blue Bird Structure)」と云う。

「最後まで発覚し(確証され)なかった悪行(misdeed)」はどうだろうか。それは「完全犯罪(perfect crime)」と同様にしてありえないのだろうか。

法律風道徳解釈を採用すれば、「最後まで発覚し(確証され)なかった悪行(misdeed)」は「完全犯罪(perfect crime)」と重ね合わされざるをえない。 宗教風道徳解釈を採用すれば、それが悪行(misdeed)なのかは当人にしかわからない(ので、最初から確証されている)。

「最後まで発覚し(確証され)なかった悪行(misdeed)」とは、外的に発覚せず、内的にも確証されない行為でなくてはならないが、それはもはや悪行(misdeed)ではなく、単に善行(good deed)ではないか。その意味で、やはりそれは不可能である。悪行(misdeed)を隠すギュゲスの指輪は存在しえないのだ。

断章――善性悪行(good misdeed)

――外的基準(功利性原理)に照らせば悪行(misdeed)ではなく、「今の私を利する」という意味においては悪行(misdeed)であるような行為。

――哲学的共同探究
(philosophical cooperative inquiry)

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