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Pentas(non-no渡辺編)②

「これ、さっきのブーケには入ってませんでしたよね?」

「あ、ガーベラですか?そう。ちょうどいいのがあったので」と彼は笑った。私は受け取ったそのブーケをじっと見つめた。

「本当にもらっていいんですか?」彼の顔を見ると、優しい表情でうなづいている。

「・・・ありがとうございます」かわいく包装されたミニブーケを手に、私は席を立った。「次はちゃんと買いに来ますね」と言うと彼はもっと優しい表情で微笑んだ。不覚にもドキッとしてしまった。

花束と一緒に、良かったらどうぞ、とショップカードをつけてくれた。そこには店長である彼と思われる人の名前もあった。

「渡辺さん・・・?」

「はい、渡辺です。この店のオーナーです。と言っても、僕1人でやってるので当たり前ですけど。」

「ありがとうございます。また来ます。」

私が席を立つと、彼はすっと店のドアを開けた。ありがとう、と小さな声で伝え、店を出る。

「お仕事、大変なんですよね」

「え?」

「毎日朝早くここを通ってますよね。忙しそうだなって思ってました」

「知ってたんですか?」

「すみません。ほんの少しですけど、疲れてるのかなって勝手に感じてました。今日は僕のせいかもしれませんけど」と彼は苦笑した。「無理しないで…お気をつけて」そう言うと彼は手を振った。私はさっきよりも深く頭を下げて帰路についた。


それからというもの、毎朝店の前で挨拶を交わすようになった。

「おはようございます。いってらっしゃい。」

朝からさわやかな彼の表情に、癒されていた。彼自身からフローラルな香りがするのではないかと本気で思うくらい、彼はさわやかだった。

毎朝、彼の・・・渡辺さんの姿を見るのが楽しみになっていた。

しばらくして仕事が少し落ち着き、普段よりも早く上がれた今日、約束を果たすべく店に向かった。

「こんにちは…」と店のドアを開ける。彼の姿が見えない。開店しているのに姿がないのはどうしてだろう。私はゆっくり店の奥へと進んだ。

以前の作業台のさらに奥に、とても大きな花器と大量の切り花があった。どれも華やかで、パーティーなどに使われそうなものだった。さらにその奥から、人の気配を感じた。

「こんにちは…」ともう一度声をかけた。

「うわっ!びっくりした…いらっしゃい。ごめんなさい気が付かなくて」

「いえ…。すごい、たくさんのお花…パーティーか何かですかね?」

「ええ。会社の創立記念のイベントで使うそうです。パーティーほどにぎやかにはできないのでせめて飾りだけでも、と注文されました。」

へぇ…とたくさんの花たちを見つめた。この人の手にかかれは、あっという間にきれいになるんだろうなぁ。

「今日はどうされたんですか?」彼の言葉ではっとした。そうだ、買いに来たんだった。

「以前約束したように、お花を買いに来たんです。やっと仕事が落ち着いてきたので」

「そうでしたか。ありがとうございます。お仕事も、落ち着いてよかったです」

「あ、これ…」

店内を見ていた私の目に留まったのは、以前彼が作ってくれたブーケに入っていた白いガーベラだった。

「この前のガーベラですね」と彼も思いだしたように笑った。

「あの時にいただいたお花、本当に素敵でした。白いガーベラがかわいくて」

「ありがとうございます。ガーベラって色によって意味が変わるんですよ。あの時のあなたには、白が必要かな、と思ったんです」

「どういう意味ですか?」

「白いガーベラの意味は、希望・律儀。毎日朝早くここを通るあなたは、だんだん下を向いて歩くことが多くなっていた気がして。ちょっとでも希望を持てたらいいなと思って。」

「…そんなに下向いてました?」私は苦笑いをしてごまかした。内心は自分では信じられないくらい心拍数が上がっている。

「あ、ごめんなんさい!なんか俺やばいやつですかね?別にあの、ストーカー的な感じじゃないですよ!?たまたま、ほんの少しだけ、そんな気がしただけです!」

「そんなに慌てなくて大丈夫ですよ」と私は笑った。彼は視線を落として頭を掻いた。

「今日もこれにします。」と私は白いガーベラを指さした。彼はにこっと笑って、白いガーベラを手に取った。ちょっと待ってくださいね、とほかの花を数本とり、あっという間にかわいくラッピングまでしてくれた。

「すぐ花瓶に入れるから、ラッピングしても…と思うかもしれませんが、こうやって持って帰るほうが気持ちが明るくなりません?」

そう言ってはにかむ彼が、さらに私の心拍数を上げた。

「あ、ありがとうございます」

会計を済ませ店を出る。ドアを開けてくれる彼は、初めてここに来たときと変わらなかった。「ありがとう、気を付けて」とほほ笑む彼に軽く会釈をしてすぐ歩き出した。まだ、心拍数が上がっている。


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