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「私が笑ったら、死にますから」と、水品さんは言ったんだ。

隙名こと 2018年9月6日発売 ポプラ社

高校生の目立たないけど普通な男の子が主人公だ。
教室の隣の席は、無表情で無口で、なかなか登校しない美少女だ。
高校生というのは、まだ世界をあまり知らない。
本人は知っているつもりでいても、10代ならでは、学生ならではの限界がある。
その無垢な状態は、冒険者になるのにふさわしい条件なんだと思う。
彼らの出会いから始まる物語は爽やかで、読み手を少し裏切るだろう。

笑顔の裏に、人はそれぞれの苦手や傷を隠す。
自分の隠しているものは自分だけは知っているから、自分だけがつらい思いを抱えているように勘違いしやすいものだ。
そのくせ、人もまた苦手や傷を持っていることに気づけるかどうかは、別の話になる。
どんなにわかっていても、笑顔の他者のその裏側に思いをはせることが難しいことがある。
知られたくなくて苦手さや傷を隠しているのだから、その隠し方がうまいとどうしても気づけないものであるし、気づかないふりができることも大事な社交の技術ではある。

同時に、人の幸も不幸も、冷笑したり嘲笑したり、暇つぶしのコンテンツにしてしまう御時世だ。
ネットの中には、無責任に無邪気な悪意がふりまかれている。
当事者を傷つけようなんて意思はなくて、ただ面白おかしく楽しんでいるだけかもしれない。自分とは他人事だから楽しめるのかもしれないし、不謹慎な言説を紡ぐこと自体を楽しむ文化もある。
あるいは、傷つけることを楽しむ人もいないわけではない。匿名だから、気軽にできてしまうことだ。

そういう気軽に紡がれている言葉が当事者に届く。だって、当事者はあなたの隣にいるかもしれない。
SNSではもっとダイレクトに相手に伝わる可能性が高い。
そこで書かれる悪口は、こっそりではない。聞こえるように言う悪口に等しい。
自分の笑いが、人の傷を二重三重に傷つけることになることへの想像力を、説教臭くならずに、物語としてぽんと目の前に置いて見せたところがすごい。

かといって、物語は決して重くなりすぎない。痛々しくもない。
主人公たちのまっとうな感覚と出会えたことが、私にとっては希望となった。作者の方のお人柄だと想像するが、こんな物語を紡ぐ人がまだまだ生まれていることが希望である。
こういうまっとうで健康なこころの根っこを育てる物語と出会えたことが嬉しかった。
ぜひ、主人公と同年代の人たちにも、もっと年上の人たちにも、このタイトルはどういう意味だろう?と首をひねってもらいたい。

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