見出し画像

【逗子日記】 20230725

 静かな港町に似合う立体駐車場は2F、僕はざらざらとした白塗りの表面に手をかけた。眼鏡を外していたが、これから、間違いなく太陽は沈んでいくだろう。
 少し前にもあった花火大会の日の、夕刻の人々が歩く声は、夏祭りから町中に揺れるお囃子のリズムに合わせたようなメロディとは違う。
 僕は浴衣でこの海沿いを歩く人々が一体どこから来ているのだろうかと思う。町の人々は、僕が花火大会でそうしたように芦花公園にいるのかもしれない。あるいは浴衣で歩く人々の隣を、Tシャツにビーサンに、缶ビールの姿でぼやぼやと繰り出しているのかもしれない。
 街が騒がしくなればなるほど人々の声も大きくなる。しかしどうだろう。騒がしさへの調和を進めた先に、僕は”先”があるとは思えない。どちらにしても先はなかった。崖から見つめる先には水平線があるだけだった。
 僕は気が済むまで、ではなく永遠に立ち止まり、しかし彼らは、そうはしないことになっていた。僕らが飛び降りることとは違う意味で飛び降りていった。軽い水飛沫は空に浮かびながらきらめていた。
 風に流された煙は民家の隅にこびりついた埃を見ない。
 僕はこの町にいる埃だ。どこかでマッチの火が吹き消されるように、今日も埃はどこかへ飛んでいった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?