「虐殺器官」雑記

基本、本は一度読むと読み返さないらすとさんですが虐殺器官だけは読み返し続けているのでその雑記です。

この本の筋というかクラヴィスは、紛争からとても近いはずなのに遠いんですよね。クラヴィスは軍人で世界中の紛争地帯を飛び回り任務をこなしているわけでその結果当たり前ですが紛争地帯での話が多くなる。なのになんなんでしょうかね、この紛争から離れた感じ。俺は伊藤計劃さんの言葉のチョイスや文体に惚れ込んだのですが、この紛争が近いはずなのに遠い感じもとてもすきです。任務はこなすけどクラヴィスの中では母親のことだったりルツィアの事だったりと違うところに意識が飛んでいる。紛争地帯にいるのにまるでアメリカの自宅にいるような空気感。物語が決して重くなく戦争ものでもない気がしています。ただ1人の青年の心の動きを追った物語でその途中のファクターとして任務がある。とても言語化が下手でできないのですが。クラヴィスにとって大切なのはアメリカじゃなく母親のこと、死者の国のこと、ルツィアのことなんですよね。多分。

ジョンポールとクラヴィスが虐殺の文法に感染しているという考察には度肝を抜かれました。でも確かに言われてみればそうなんですよね。2人は同じことを起こしているし、その前に大切な人を亡くしている。真の空虚が心を満たした時カチリとはまってしまう「なにか」があるんですよね。虐殺器官の新たな側面なのかまた新たな器官なのか。虐殺の文法を紡ぐ者になってしまうわけです。アレックスの自殺が院内総務とつながっているという考察もまた驚きました。アレックスは本当の地獄にとらわれ続け結果自殺したわけですね。

虐殺器官は何度でも読み返したい本ですし読み返す度発見があります。この本を読んだのがきっかけで言語学を学ぶ為に大学に行くことにしました。伊藤計劃さんの紡ぐ言葉自体が力を持っているようで、1つ1つの言葉が自分を染め上げていく感覚。この本自体が虐殺の文法ないしまた違う文法で書かれたのではないかという錯覚。そんなことを思いながら日々読み返しいつか大学に行くことを夢見ています。今世で言語について学び来世で伊藤計劃さんご本人とお話ししてみたいものです。


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