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喧嘩

 精神病院に入院していた二十四才の時の思い出です。岩片君という十五才の少年が途中から入院しました。多分、中学生でしょう。岩片君は無口なぼくとは正反対で、よくしゃべる明るい少年でした。最初はとても好印象を受けました。
 入院中は退屈なので、ぼくは中年の女性とオセロをしていました。その女性はオセロの途中で、「ちょっと待ってて、洗濯物見てくるから。」と言って、少し抜けました。その隙をねらって岩片君はぼくの前へ来て、オセロをめちゃくちゃにしました。
「治せ」とぼくが言っても、
「治らん」と言ってケラケラ笑っているのです。
「せっかく勝っていたのに」とぼくが言っている間に、岩片君は向こうへ行ってしまいました。
 ぼくは、『目には目を 歯には歯を』という言葉を思い出しました。途中でゲームを台無しにされるとどんな気持ちになるか、思い知らせなければと思いました。
 ぼくが病棟のサンルームへ行くと、岩片君はテレビを見ていました。ぼくはチャンスだと思い、テレビを消しました。
「何だ、つけろ!」岩片君は怒鳴りました。
「自分でつければ」とぼくはサンルームを出て行きました。
 後から足音が聞こえました。振り向くと、岩片君が背後から走ってきて、ぼくの目のすぐ下あたりをぶん殴りました。
「本気でやったな!」とぼくは思い、ぼくも岩片君の側頭部を力一杯右手で殴りました。岩片君は、一瞬後へ下がったけれど、暗い目をして、ぼくの方をにらんでいました。また殴ってきそうなので、「分かったよ、謝るよ。」と言ってナースステーションまで行き、看護婦さんたちに助けを求めました。
「岩片がぼくを殴った。」と言ったのです。すぐに中年の看護婦さんがでてきて、岩片君も、
「その手があったか。じゃ許す。」と言いました。中年の看護婦さんは、喧嘩両成敗のようにして、どっちも悪いと言いました。岩片君も、
「自分が悪かった。」と言って、握手を求めてきました。ぼくは、
「今度から気をつけてね。」と言うと岩片君は
「あなたもね」と言いました。
 この話を医師にすると、
「手を出したのも殴ったのも向こうが先なので、あっちが悪い。」と言いました。ぼくもそれには同感でした。

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