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小説 勇者と魔王

その国の森には、八方型の巨大な遺跡があった。
 
遺跡に関する文献はどこにもなく、いかなる目的で建てられたのか、誰にもわからなかった。わかっているのは、遥か古代の魔術師が建造したということであった。
 
そのため、この遺跡は誰にも預かり知れない魔術の力が眠っていると言われている。
 
一時期、魔術師の子孫と思われる者が「魔王」と名乗り、この神殿の主となっていたことがあった。
 
その際、近くの森に棲んでいる魔物たちは魔王の手先となって、この国を脅かしていた。その為、王政府から遣わされた兵士が仲間たちとともに魔王を退治したのであった。
 
魔王を退治した兵士は「勇者」と呼ばれるようになり、この国の伝説となった。
 
しかし、遺跡は現在でも、放棄されたままであり、時折、魔物が遺跡の周囲を徘徊しており、一般の人はうかつに入ることができなかった。
 
王政府は、古代魔術で製造されたこの遺跡の秘密を調査するべく、魔術学院の研究生を派遣することにした。
 
一方、王都にある「フリート街」という街では、幾人かの若者が王宮の兵士として取り立てられることになり、パブではささやかな祝賀会が開かれていた。
 
若者たちは、王宮で開かれた武闘大会で好成績を残したので、兵士になることができたのであった。
 
比較的広いはずの店内は、多くの若者たちでひしめき合っていた。特に話題の中心になっていたのは、フリート街一番の剣士と名高いバーランであった。
 
金色の明るい髪に、さわやかな笑みを浮かべた彼は、いつもみんなの中心にいた。彼は、武闘大会でも優勝となり、一年後には、隊長になることを約束されていた。
 
店内で、彼が多くの仲間に囲まれて大騒ぎしている中、店の隅では黒い髪をした一人の若者がいた。
 
彼の名は、ハドナーと言い、この国にある魔術学院の優秀な研究生であり、そして、バーランの幼馴染であった。彼は、時折バーランの方を見ては、静かに酒を飲んでいた。
 
すると、バーランがハドナーに声をかけてきた。
 
「ハドナーどうしたんだよ、うかない顔して。」
 
相変わらず屈託のない笑みを浮かべたバーランに対し、ハドナーは曖昧な笑みを浮かべた。
 
「別に何でもないよ、ただ、君がずいぶんえらくなっちゃって…」
 
ハドナーの言葉に、バーランは朗らかな笑みを浮かべた。
 
「何だ、そんなこと気にすんなよ、いつも通り、おれお前でさ…お前だって魔術学院で首席になったんだろ。」
 
そう言って、バーランはハドナーの肩を叩いてから、酒をついだ。
 
「うん、まあね…」
 
「だったらよ、あと、一年くらいすれば、おれは隊長になる。その時になったら、おれの部隊に入れよ、魔術の秀才であるお前が仲間に加われば、さらに上を目指せる。」
 
「…うん、ありがとう。」
 
「ちょっと、バーラン?」
 
薄茶色の髪をボブカットにした女の子が、バーランを睨みつけてきた。
 
「あんたね、自分の出世にハドナーを利用するんじゃないわよ。」
 
「利用するとは、人聞きが悪いぜ、ウェンディ。おれはみんなと一緒に勇者になりたいだけなんだ。」
 
バーランは笑みを浮かべたまま言った。
 
「なんでもいいけれども、そんなことにハドナーを巻き込まないでよね、魔法だったらあんただって使えるでしょ。」
 
「そうだったな、でも、専門家がいると、心強いんだけれどもな。」
 
バーランはそう言うと、仲間の一人が彼を呼んでいたので、「じゃあな」と言って、軽くウインクをしながら仲間達の元に向かった。
 
ウェンディは、バーランの入れ替わりにハドナーの前に座ると、ハドナーに優しく語りかけた。
 
「ハドナー、あいつのことなんて気にすることないわよ。あなたはあなたで、ちゃんとやっているんだから。」
 
「ありがとう、ウェンディ。でも、最近、オークやゴブリンとの抗争が激しくなってきているだろう、王宮から、魔術師にも軍隊に入るように勧誘が来るし、このまま僕だけ、研究ばかりしているのもどうかと。」
 
「何言っているの、ゴブリンやオークなんて、こっちが領分を守れば、そんなに恐れることはないって、あなたいつも言っているじゃない。王宮の人間は神経を尖らせすぎなのよ、国民に亜人種への恐怖を煽っているみたい。そんな人たちを殺して何が勇者よ。」
 
ウェンディはそう言うと、周囲を見回した。
 
「あたしに言わせればね、勇者なんて、ただの暴れん坊よ。」
 
「いや、それは言い過ぎだよ。勇者は蛮勇だけじゃない。何かを成し遂げた人のことだよ。」
 
ハドナーはたしなめるように言った。
 
「そうかしら?誰かさんは、ただ、目立ちたいだけみたいだけれども。」
 
「人聞きが悪いなウェンディ、俺はこの国を豊かにしてみせるのさ、将軍や大臣になってな!そしたら結婚しようぜ!」
 
耳ざとく聞きつけたバーランは、ウェンディにそう言った。
 
「冗談じゃないわよ!誰があんたなんかと!」
 
ウェンディは顔を真っ赤にして怒ると、周囲は二人を囃し立てた。
 
ハドナーは、ウェンディにだけ聞こえる声で語り掛けた。
 
「ウェンディ、実は近いうち、遺跡の調査に行くことになったんだ。」
 
「遺跡って、あの森にある古い建物のこと?」
 
「うん、長らく、放置されていたけれども、魔術学院の方で調査することになったから志願したんだ。」
 
「危険よ、あそこには、魔物がいっぱい出てくるんでしょ?」
 
「大丈夫だよ、僕だってやればできるさ、それにもし、無事に終わったら…」
 
「え?」
 
「…何でもない。近いうち出発するから。」
 
そう言うと、ハドナーは酒を飲み干して、店を出た。
 
数日後、魔術学院の研究生たちは遺跡の調査に出発した。彼らは古い文献を頼りに進み、途中、ゴブリンやオークなどの亜人族たちの案内を経て、遺跡に到着した。
 
しかし、なぜか彼らは、遺跡の内部に入ったときから、連絡が途絶え、行方不明となった。
 
そして、それからしばらく経った頃、王国は、再び現れた「魔王」と呼ばれる存在に脅かされていた。
 
魔王は魔術に長けており、その力で森に棲んでいる多くの魔物達を従えていった。そして、魔物だけでなく、ゴブリンやオークなどの亜人達や、はぐれ者の魔術師達が魔王の軍勢に加わってきた。
 
王政府に長らく脅かされてきた彼らは、魔王と組むことで、おのれの領分が守れると思ったのだ。
 
王政府は、魔王を退治するために軍を派遣したが、魔王の魔力によって強化された魔物達になすすべもなかった。
 
だが、王政府は、魔術師や寺院から派遣された僧侶等を交えた部隊編成「パーティ」を築くことによって、戦術的に魔物を退治する手段を考案していった。
 
このパーティで一番功績を築き上げたのは、バーランのパーティであった。
 
バーランは、当初、一年後に隊長となる予定だったが、彼の能力を見込まれて、半年でパーティの部隊長となった。
 
バーランは、部隊長となってから、奇抜な作戦と優れた判断力で、戦果を順調にあげていった。魔物達を次々と退治し、近年はドラゴンまで倒したとの報告があった。
 
ある日、王国にあるゴブリンの集落で、子供達が行方不明になり、大人たちが躍起になって探していると、家の壁にゴブリンの血で書かれた文字があった。それには場所の名前だけ書かれていた。
 
ゴブリン達は大人達をかき集めて、血文字が記された場所まで行くと、赤いマントをまとった金髪の若者が居た。
 
「やあ、来てくれたんだね。」
 
その男、バーランは朗らかに言った。
 
「貴様か!あのメッセージを書いたのは!」
 
ゴブリンの頭目が吠えた。
 
「ああ、そうだよ、子供たちのためにわざわざ来てくれたんだね。」
 
バーランは、にこやかな表情で言った。
 
「ふざけるな!子供たちをどこにやった!」
 
「答える必要はないよ、君たちはここで死ぬんだ。」
 
そう言ってバーランは、右手をあげると、後ろの林の中で息をひそめていた弓兵達が現れ、一斉に矢を放った。
 
ゴブリンの戦士達は、出鼻をくじかれてしまい、大半の者が矢に討たれてしまった。しかし、ゴブリンの頭目と経験豊かな戦士達は、盾で矢を防ぎ、バーランに向かっていった。
 
バーランのパーティの一員である魔術師は、火炎魔法使って、ゴブリン達の目を晦ますと、バーランは剣を抜き、武装したパーティの戦士たちを呼び寄せた。戦士たちは、動きの鈍くなったゴブリン達を片っ端から切り捨てていった。
 
 ゴブリンの頭目だけは、最後まで生き残り、バーランと戦っていた。
 
「貴様、初めから、我々をおびき出すのが目的で子供たちを…」
 
ゴブリンの頭目がうなるように言った。
 
「そう、俺たちだって、無垢な子供達を好き好んで殺したくはないよ。でも、手ごわい君たちを手っ取り早く退治するには、これしかないと思ってね。」
 
バーランはけろりとした表情で言うと、ゴブリンの頭目は目を見開いた。
 
「殺しただと?貴様、子供たちを殺したというのか!」
 
「魔物にも、親子の情があって助かったよ。おかげで事が楽になった。」
 
「我々は魔物ではない!答えろ、子供たちをどうした?」
 
ゴブリンの頭目の怒鳴り声を聞くと、バーランはめんどくさそうに部下の兵士を手招きして、袋にいれた何かを持ってこさせた。
 
兵士が袋の中身を地面にぶちまけると、ゴブリンの子供たちの生首がごろりと転がった。
 
「貴様ァ!よくも!」
 
バーランの凶行に激怒したゴブリンの頭目は、彼に剣を振りかぶって突撃していったが、バーランは、彼をあっさりと返り討ちにしてしまう。
 
「これで、ゴブリン共の武力は半減した。」
 
バーランはこともなげに言うと、自分のパーティたちに命令を下した。
 
「さ、ゴブリンの集落を焼き払うのだ。」
 
「しかし、部隊長殿、ゴブリン達は、もう戦う力がないんじゃ…」
 
仲間の一人がそういうと、バーランはその兵士に笑いかけて言った。
 
「彼らが、魔王と組んで、どれだけ我々の同胞を殺したか忘れたのかい?いい魔物は死んだ魔物だけだよ。」
 
そう言われて、兵士は押し黙ってしまった。
 
「バーラン様のお友達は、行方をくらましてしまっていてな、噂によると、魔王の仕業と言われているんだ。」
 
魔術師が兵士に語り掛けた。
 
「非常時には残忍さや冷酷さも必要だ。躊躇すれば、我々の家族や仲間の命も危うくなるということだ。」
 
「そうだ、バーラン様は正しい!」
 
バーランの崇拝者となった他の兵士たちも同意した。
 
数日後、バーランの部隊はゴブリンの集落を完全に焼き払い、同じやり方で、オークやトロールの集落を陥落させていった。
 
いつしか王都では、バーランを勇者と称えるようになったが、中には、彼のことを快く思わない者もおり、又、バーランのやり方に異議を唱えるものも現れ始めた。
 
バーランの働きに満足していた宮廷の重臣や軍人たちは、彼の悪口を言うものに厳しい罰を下した。
 
しかしある日、事件が起きた。バーランの幼馴染であるウェンディが何者かに拉致されたのだ。
 
幾人かの者は、バーランに恨みを覚えたオークやゴブリン等、亜人達の仕業ではないかと囁いたが、次第にこの一件は魔王の仕業ではないかと言われるようになった。
 
バーランもまたウェンディをさらったのは魔王の仕業であると思い、彼は打倒魔王を掲げ、魔王の軍勢に対してさらに苛烈な行動に出ていった。
 
それは亜人だけでなく、魔王に味方しているはぐれ魔術師に対してもそうであった。
 
バーランは、魔王に与するはぐれ魔術師が守っている砦を、ゲームでもするかのように、難なく陥落させた。
 
砦を守護していた魔術師は、バーランに追い詰められると、電撃の魔術で、彼を攻撃した。しかし、バーランは護法魔法で電撃を防ぐと、腰に隠していた小型の銃で魔術師を撃った。
 
 「…卑怯な、銃を使うとは、それでも剣士か!」
 
 魔術師は撃たれた痛みで顔をしかめると、バーランをなじった。
 
 「合理的と言ってほしいね。これさえあれば、力の弱い人も兵士になれる。」
 
 「外道め、そんなものを使って、さらに戦争を拡大させる気か…」
 
 「そんなことより、魔王の居城は知らないかな?」
 
 「黙れ!殺されかけても喋らぬわ!」
 
 「じゃあ、君に用はないね。」
 
 そう言って、バーランは剣を振り下ろそうとすると、「やめろ!」という声があたりに響き渡り、黒いローブを纏い、仮面をつけた人物の幻像が現れた。
 
 「魔王様、申し訳ありません。」
 
 魔術師が魔王の幻像に詫びると、魔王は「よい」と言って、バーランの方に仮面をつけた顔を向けた。
 
 「貴様が勇者だな。」
 
 「お前が魔王か。」
 
 バーランも不敵な笑みを浮かべて、魔王の幻像と向き合った。
 
 「勇者よ、貴様を今すぐにくびり殺してやりたいところだが、まずは王政府からだ。国王に伝えよ!西の荒野で決戦だとな!」
 
魔王の幻像はそう言って消えていった。その際、転移魔術で魔術師を連れ去ったのか、部屋にはバーランただ一人だけいた。
 
バーランは、魔王からの伝言を国王に伝えると、西の荒野の近くに、森があることを思い出した。そして、森の中には遺跡があった。
 
大分以前から、魔王の居城は遺跡にあると言われていた。
 
以前にも遺跡は魔王の居城となっていたため、王宮では、今回もまた根城にされたのではないかと噂されていたが、多数の魔物がいる森のせいで迂闊に入り込めなかった。
 
だが、森の魔物が魔王の手下であるのなら、王政府との戦いに導入されて、遺跡の守りが手薄になるはずであった。
 
バーランは、国王に遺跡の探索の許可を貰うと、自身のパーティを従えて森に向かった。
 
やがて、西の荒野では、ドラゴンやグリフォン、リザードマンやオークなど、多くの魔物の軍勢が、王政府軍と激しい戦いを繰り広げていた。
 
 一方、遺跡がある森の中は静まり返っていた。普段は、多くの魔物達でひしめき合っていたはずであったが、バーランの読み通り魔物達は魔王の手下となっていたため、大半が決戦場所に赴いたようであった。
 
バーランは、部下たちに命じて森を焼き払い、遺跡の内部に入っていった。
 
遺跡の内部は、入り組んだ形状となっており、一歩間違えば、命取りとなるようなトラップがあるという噂があったが、バーラン達はほぼ難なく進んでいった。
 
 「完全に魔物はいないようですね。」
 
 パーティの一員である戦士がつぶやいた。
 
 「まさか、本当は魔王の居城ではないのでは?」
 
 弓兵が不安そうに言った。
 
 「いや、遺跡の奥から魔法の力を感知した。何者かがこの遺跡にいることは確かだ。」
 
 魔術師が言った。
 
 一同は、遺跡の内部をどんどん進んでいくと、広い部屋に出くわした。四方にはバーラン達が通ってきた以外の出入口がいくつもあった。
 
 「気を付けてください、強い魔法力を感知しました。」
 
 魔術師が言うと、全ての出入り口が鉄格子によって塞がれ、金属を引きちぎるような雄叫びとともにドラゴンが現れた。魔王の魔法によって召喚されたのだ。
 
「全員、武器を持て!弓兵と魔術師はドラゴンの顔を狙え。残りは腹部を狙うんだ。」
 
バーランは素早く指示をだすと、剣を抜いた。
 
弓兵と魔術師がドラゴンの顔を遠方から狙うと、バーラン達はドラゴンの腹部に攻撃を仕掛けたが、ドラゴンは尻尾で応戦し、容易に近づけさせなかった。
 
そのうえ、強力な炎を吐き出して、何人か死傷者が出てしまった。
 
魔術師は護法の術で、バーランを守りながら、周囲を見渡していた。
 
 「バーラン様、あそこの出入り口から撤退しましょう。」
 
魔術師が近くにある出入り口を指さした。
 
「鉄格子を壊せるか?」
 
 「ええ。」
 
そう言って、魔術師は呪文を唱えて、強力な爆炎魔法で鉄格子を破壊した。バーランが間髪入れずに中に入ると、魔術師も続けて入ろうとした。
 
しかし、バーランは、突如、魔術師を蹴とばしてきたので、彼はドラゴンの近くに転がってしまった。
 
魔術師がふと気が付くと、ドラゴンは彼に襲い掛かってきた。魔術師がドラゴンに襲われている隙に、バーランは遺跡の奥の方まで進んでいった。
 
バーランは大急ぎで通路を進んでいくと、部屋を見つけた。扉を開けて覗いてみると、一人の女性が清潔なベットの上に寝かされていた。
 
その女性をよく見てみると、ウェンディであることがわかった。
 
「ウェンディ!やはりここにいたのか!」
 
バーランはウェンディをゆすったが、彼女は目覚めなかった。すると、部屋の中に声が響いた。
 
「勇者よ、その娘は眠りについているだけだ。」
 
声を聞いて、バーランはハッとなった。以前聞いた、あの魔王の声である。
 
「こっちだ勇者よ。貴様の血で、彼女を汚したくはない。」
 
糸のように細長い煙のようなものがバーランを導くと、大広間のような場所に出てきた。広間の奥には、玉座のようなものがあり、そこに黒いフード付きのローブを纏った一人の男がいた。
 
「お前が魔王か。」
 
バーランが尋ねると、魔王はフードに覆われた頭をあげた。かつて幻影となってバーランの元に表れた時と同じく、仮面をつけていた。
 
 「勇者よ、ここに来るまで、よくもまあ、恥知らずな真似をしてきたものだな。」
 
 「何を言っているんだい、戦いに犠牲はつきものだよ。」
 
 魔王の軽蔑しきった言葉に、バーランはけろりとした表情で返した。
 
 「そんなことより、なんでウェンディをさらった。返答次第によっては、ただではすまないよ。」
 
 今までとは打って変わって、バーランは凄味のある表情で言った。
 
「私は、彼女を保護しただけだ。魔物と人間との間で行われる戦争から、守るためにな。」
 
「保護したぁ?」
 
バーランはそういうと、急にゲラゲラ笑い出した。
 
「そんな必要はないよ、戦争はもうじき終わる。君の死という形でね。そして、ウェンディは俺の花嫁になるんだ。」
 
「下種が…今すぐに貴様を殺してやる。」
 
魔王は玉座から立ち上がると、杖を構えた。
 
「フン、妬いているのか、どうやら、ずいぶんとウェンディを気に入ったようだな。」
 
バーランはそう言って剣を抜くと、魔王に挑みかかった。
 
魔王は、魔法でいくつもの炎の矢を創りだして発射した。バーランは護法の魔術を使って耐え抜くと、魔王の懐まで接近して、剣を振った。
 
しかし、バーランの剣は空を切っただけで、魔王はどこにもいなかった。すると、背後から電撃の魔術が襲い掛かった。
 
護法の魔術のおかげで、どうにか耐えしのいだが、魔王は転移魔術を使って、四方から電撃をバーランに浴びせかけた。
 
バーランはたまらず撤退し、広間から逃げ出した。
 
魔王はバーランを探すために、追跡魔法でバーランの位置を探り、魔力で浮遊しながら遺跡の中を移動していった。
 
すると、ウェンディを寝かせていた部屋に、バーランがいることに気づき、大急ぎでウェンディの寝室に向かった。すると、ベッドに寝ていたウェンディがどこにもいなかった。
 
魔王は、大急ぎでウェンディを探すと、先ほどの大広間にいることに気づいた。
 
魔王は大広間に向かうと、ウェンディが床に倒れていた。魔王は彼女のもとに向かうと、何者かに後ろから刺されてしまう。
 
刺した張本人は、バーランだった。
 
「貴様…」
 
魔王は魔術を使おうとしたが、力が入らず、そのまま倒れてしまった。その時、魔王の仮面が外れた。
 
「おまえは!」
 
 魔王の素顔を見たバーランは、驚きの声をあげた。それは、遺跡の調査に行ったきり、行方不明になったハドナーであった。
 
「ハドナー!お前だったのか!」
 
「あの時…遺跡の調査に向かった時、すべてが変わった。」
 
ハドナーは静かに語りだした。
 
「僕は、遺跡の地下に魔力の根源のようなものがあるとわかり、仲間たちとともに、地下室に向かった。そこにあった魔力の根源に近づいた僕は、この遺跡の長となり、魔物たちを束ねる存在、魔王となったのだ。」
 
ハドナーは、のどからひゅうひゅうとした音をだしながら、ゆっくりと喋った。
 
「魔王となった僕は、以前から抱いていた不満が爆発したんだ。魔術を蔑んでいるくせに、魔術師を軍事利用する王政府、亜人たちを差別するこの社会、そして…」
 
そこで、ハドナーはバーランの方を睨みつけた。
 
「バーラン…僕は、お前の事が大っ嫌いだった!いつもいつも、図々しく出しゃばって勝手にリーダー面して、そのうえ、剣術だけじゃなくて、魔術まで手を出してきた。魔術だけは…魔術だけが僕のすべてだった。あれまで、お前に一番になられてたまるものか!そして…ウェンディまで…」
 
ハドナーが吐きかける言葉を、バーランは仮面のように表情を固くして聞いていた。
 
「なんで、お前は、僕の大事なものを奪っていくんだ、魔術もウェンディも…。」
 
そこまで言うと、ハドナーは力尽きた。すると、眠っていたウェンディが目を覚ました。
 
「ウェンディ!無事だったかい!」
 
バーランは快活な表情になってウェンディに駆け寄ろうとしたが、ウェンディは、倒れているハドナーの方に向かって行った。
 
「…ハドナー、どうしたの?」
 
「ウェンディ、魔王の正体はハドナーだったんだ。そしてキミを拉致したのも…」
 
「ちがうわよ!」
 
バーランの言葉をはじくようにウェンディが言った。
 
「ハドナーは、あたしをここで保護してくれただけよ!もうじき戦争が起きるからって言って…」
 
そこまで言うと、ウェンディはハドナーの息がないことに気づき、涙を流して泣いた。
 
「どうして、あたしは、いつも一生懸命で誠実だったあなたが好きだったのに…目を覚ましてハドナー!」
 
号泣するウェンディを呆けたように見ていたバーランだったが、彼女をなだめるためにに近づこうとした。すると、ウェンディは振り返ってバーランを睨みつけた。
 
「あんたが、あんたが殺したのね!この人殺し!」
 
「ウェンディ話を聞いてくれ、おれは…」
 
子供をなだめるような口調で、バーランが近づくと、ウェンディはヒステリックになってわめきだした。
 
「近づかないでよ!あんたなんか大っ嫌い!いつもいつも無神経で、自分本位で、卑怯なことばかりやって…武闘大会だってそうよ!あんた卑怯な手段で優勝したんでしょ!あたしにはわかっているんだからね!!」
 
ウェンディの言葉にバーランは再び仮面のような無表情になった。
 
「ああ、ハドナー…、やっぱり、あの時止めるべきだった、あの時、あなたが遺跡の調査に行くのを…」
 
命のなくしたハドナーの体に縋りついてすすり泣くウェンディの体を、バーランの凶刃が貫いた。
  
我に返ったバーランの近くには、二人の幼馴染の死体があった。
 
バーランは呆然となって、頭の中で考えを巡らせていた。
 
 ―どこで自分は間違えたのだ。
 
 ―自分は、何も間違ったことはしていない。常に結果を出してきた。武闘大会だってそうだ。
 
 ―優勝候補は確かに強かった。だから、審判を買収し、覚えたばかりの魔術を秘かに使って、倒したのだ。
 
 ―どんな手段でも、結果を出したものが勝ちなのだ。だから、この国は自分に任せればうまくいくのだ。
 
 ―いずれ、自分はこの国を統べる存在となり、この国を豊かにして見せる。そう思っていたのに、どこで、間違えたのだ。
 
試行錯誤の果て、バーランは一つの結論に達した。
 
 ―ハドナーは操らていたのだ、真の魔王と呼ばれる者に。ならば、そいつを倒して、自分は友と恋人の敵をとって見せる。
 
そう思ったとき、頭の中で声がした。
 
「魔王の正体が知りたいか、勇者よ。」
 
「誰だ!姿を現せ!!」
 
「地下の方に来るといい、お前に魔王の正体を教えよう。」
 
声が消えると、煙のような道しるべが現れ、バーランを地下室の方に誘った。
 
地下には、灯篭の灯りのみが照らしている暗い通路があった。バーランは煙の道しるべを頼りに、通路を進んでいくと目の前に扉が見えてきた。すると、頭の中に再び声がした。
 
「この扉を開けるのだ。」
 
バーランが扉を開けると、八方形の部屋が現れた。部屋の中央には銀色の円盤が浮かんでいた。
 
「それを見てみるといい、魔王の正体がわかるぞ。」
 
再び頭の中に声が聞こえ、バーランは銀色の円盤をつかんで見てみた。すると、そこにはバーランの姿が写し出されていた。円盤は鏡だったのだ。
 
「ふざけるな!こいつは鏡じゃないか!」
 
「ふざけてなどいない、そこに写っているものは、紛れもなく魔王だ。」
 
「ばかな?おれが魔王だとでも言うのか!」
 
「その通りだ。我々は、ずっと待っていたのだ、この神殿の主に相応しき者、そう、魔王と呼ぶべき者をな。」
 
「貴様は何者なんだ!卑怯者め!姿を現せ!」
 
「我々は、はじめからお前に姿をさらしている。お前が森に入った瞬間にな。」
 
「ばかな!どこにいるってんだ?」
 
「これだよ、お前たちが遺跡と読んでいるこの神殿が我々なんだよ。」
 
「なんだと!」
 
「さあ、今一度、鏡を見るのだ。この遺跡の真実を教えてやろう。」
 
バーランはもはや逆らおうとはせず、鏡を覗き込んだ。やがて、鏡の魔力によって、この遺跡にまつわる知識や歴史が、直接、頭の中に流れ込んできた。
 
遥か古代、この地にあった国をおさめていた魔術師は、巨大な神殿を築き上げた。遺跡はもともと、この国の土地いる精霊を崇めるために建造された神殿だったのだ。
 
やがて、何百年も経つと、この国は戦争によって、破滅的な危機に陥った。敵軍の攻撃は容赦なく、国民達は森にあった神殿に逃げ込む他はなかった。
 
この神殿を築き上げた魔術師の子孫は、国民を守るために、最後の手段を使った。魔術によって、この国の民の魂を神殿に固定させたのだ。
 
そして、神殿の魔力によって森の生き物が魔物となり、魔物達は神殿の守護者となった。
 
魔術師の子孫は、その神殿の守り人となったが、国を侵略した者達は、かつての国の為政者が居る神殿を疎ましく思った。
 
そこで、優秀な兵士を派遣して、魔術師を抹殺させたのであった。やがて、魔術師は魔王として語りつがれ、兵士は「勇者」と称えられた。
 
守り人のいなくなった神殿は、魔物達によって守護されていたが、神殿を調査したハドナーを新たな神殿の守り人としたのであった。
 
バーラン達が遺跡に踏み込んでから、しばらく経った後、後続部隊が遺跡を訪れた。だが、遺跡にバーランの姿はなく、ハドナーとウェンディの死体のみがあった。
 
二人の遺骸は故郷に送り届けられた。魔王によって二人が殺されたと思った友人たちは、ハドナーとウェンディを一緒の墓におさめて弔った。
 
いつしか王国では、バーランは魔王を倒して幼馴染の仇をとり、どこかへ立ち去ってしまったのだと語られるようになった。
 
だが、数年後、再び遺跡に魔王が現れ始めた。かつての時とは違い、新たな魔王は剣と魔術に長け、目的のためなら手段を選ばない非情な性格だった。
 
魔王を直接見たものによれば、その顔は仮面に覆われていたとのことだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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