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北海道旅行記(と置いてきた卒論)

「この先、列車は鹿などの野生動物が多い区間を走行するので、やむを得ず急停止・急減速する場合があります」

1/12、僕は北海道最北端の街・稚内行きの特急列車に揺られていた。終点までは4時間半。列車は平日の昼間にしては混んでいて、長旅に飽きた乗客の多くはシートを倒して寝息を立てていた。
冒頭の不穏なアナウンスがあった数分後、急ブレーキがかかって列車はおそろしく減速した。車窓に顔を近づけて見てみると、先頭車両の前をエゾシカが走っているのが見えた。線路の脇に逃げればいいのに律儀に列車と追いかけっこをしている。轢くわけにもいかないので、特急はシカと同じスピードでコトコトと走る。

稚内までの道のりはまだ半分以上あった。おそらく到着は遅れるのだろう。
どこまで行っても雪景色の車窓を僕はずっとぼんやりと眺めていた。




2023年始の僕は追い込まれていた。卒論の提出締め切りが1/6にあったからだ。間違いなくこれまでの人生で一番追い詰められていた。小学校の夏休みギリギリまで宿題に取り掛からない性格が大学4年になってもしっかりと発揮されていたのだ。12月からは研究室に深夜まで籠ってコーヒーを啜りながらひたすら文字列と格闘していた。

そういうわけで、北海道旅行を決めたのはずっと頭の容量を圧迫していた卒論に関する全てを早いところ忘れるためだった。
4泊5日。一人旅。JR北海道の6日間特急乗り放題の切符を買って、予定が何もない期間を一週間用意した。あとは旅程も決めず列車に揺られて気ままに移動することにした。
とにかく僕はかなり消耗していた。期限ギリギリに内容もギリギリの論文を提出し、それを忘れ去るように北海道に飛んだ。


1/10、新千歳空港に降り立ち、とりあえず札幌に移動。
北大横の古本屋で小説を2冊買った。村上龍の「限りなく透明に近いブルー」と中島らもの「バンド・オブ・ザ・ナイト」。あとから分かったがどちらも薬物中毒者の話だった。長い長い移動のお供だ。

初日は根室まで移動。二日目は網走へ。それで三日目に網走から稚内。
ずっと列車で揺られて移動してただけなので特に名所はまわってない。
とにかく路線を乗り継いで最果てを目指した。

稚内には行きたかった。Galileo Galileiの「稚内」を稚内に降り立って聞きたかった。あと宗谷岬をこの目で見たかった。決まっていた目的地はそれだけだ。

北海道のどこまでも変わらない車窓をずっと眺めていた。一面の銀世界。たまにエゾシカの群れや、湿原の果てに沈む夕陽を見た。眠くなったら昼寝し、たまに小説を読み、当て所もなくカタコトと列車に揺られて移動した。



5日間ひとりで北海道に行ってくる、と話すと知り合いの多くに「一人で?」と言われた。一人でありえない長距離を旅行する友達がいるせいで何とも思わなかったが、大学生の一般的な旅行は何人かで車でも借りて音楽を鳴らしながらワイワイ移動し、宿で酒を飲んでUNOでもするんだと思う。

僕は単独行動が結構好きだ。昔から。集団が嫌いなわけではないけど、一人で全てを決めることの自由さに浸かっていたいのだと思う。思えば、卒論も教授とか周りの人にあんまり相談しないまま、一人で何も分からないまま書き上げてしまった。最後までしんどかったのは多分、知識が豊富な周囲の人々をうまく頼れなかったせいだ。
小中高とたまたま教科書科目が出来るというリーチだけで生きてきた僕だったが、変にいい大学に入ったせいで、勉強ができるのは当たり前でその上でコミュニケーションもしっかりしている奴が周囲にいっぱいいた。その中で、教授への報連相もろくにしない僕は大層苦労した。どうも学生時代にチームスポーツでなく個人種目の陸上をやってたからか、周囲との連携よりも内省にいってしまう性格をしている。一人旅で誰とも話さない中で、僕はまたもや内省をずっと続けていた。



稚内駅はホームが一つしかない、小さな終点の駅という風情だった。鹿の影響もあって駅に着くと7時近くになっていて、さっさとチェックインを済ませてそこら辺の居酒屋に入る。サッポロクラシックの中瓶があったのでそれとほっけの蒲焼丼を頼んだ。旅先の店で一人で飲むのは初めてだったけど、人と喋らない分飲むからすぐまわる。

翌朝早く、駅前から路線バスに乗り込んだ。
30分ほどで宗谷岬に着く。曇り空のオホーツク海から風が吹き荒れる、寂しい場所だった。想像した以上に何もない。
漫画ハチミツとクローバーの主人公の竹本くんが自分探しの旅の終点にこの宗谷岬に辿り着くのだけど、彼はこの光景を見て何もない場所だと言う感想を残す。自分探しというが、結局はどこにも確然とした自分という像など置いてあるはずもないと気づくのだ。
竹本くんと同じで僕もまあこんなもんかと思った。

稚内駅に戻って昼の札幌方面行きの特急を予約した。発車前に稚内牛乳のアイスを買って席についた。もう二度と訪れないかもしれない稚内の町は車窓から遠くなっていき、しばらくすると完全に山中の雪景色に変わった。
結局Galileo Galileiの稚内を聴きそびれたなと思いながら、アイスを味わいつつ稚内を後にした。








よろしゅうおおきに