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あの日に聴いたチェロの音


ルカとつきあい始めたころ
音楽は何が好き? と聞かれて

何でも好きだけど、不思議と季節によって
聴きたくなる音楽が変わるんだ。

春は本当になんでも。
ポップスやロック、ジャズも聴くけど

夏は、朝や昼の明るい時間帯はボッサ(Bossa Nova)、
夕方から夜は、タンゴやサルサなどラテン系の曲を聴くのが好きで

秋冬はよく、クラシック音楽や、古いシャンソンなんかを聴きたくなる
と話した。

クラシック? オペラリリカとか?
(Opera Lirica:いわゆるオペラの曲)
と、少し驚かれた(笑)。
(イタリア語でoperaオペラは「作品」。正確には他にも「為したこと」等のニュアンスの語に訳される。複数形opereオペレ)

イタリアも日本と同じで、
クラシック音楽が好きな若い世代の人たちも、もちろんいるんだけど
それはたいてい〈オーケストラを構成する楽器の演奏家たち〉だったりするし

一般的には 
「クラシック音楽を聴くのが好きだ」というと
やっぱり少し 
年寄りっぽい(?) というか、
珍しいね、と言われる傾向はある。

ルカは高校生の頃、
地元の仲間とロックバンドの活動をしていて、
担当はベース。

インディーズでレコード (CDじゃなくてLPレコード) を出したこともあるそうで

自分も音楽全般がとても好きだけど
クラシックはよくわからない、 
ということだった。

「でも」
とルカは、あるクラシックの音楽家の思い出を、そのとき話してくれた。


ルカはフィレンツェで、電気技師として働いていた。

勤めていた会社が
劇場やイベントの照明全般を請け負う会社で、

フィレンツェだけでなく、
イタリア国内、他のEU諸国を含め、
さまざまな都市の劇場や野外劇場、イベントで
機材設置から当日の運用まで行う照明の仕事をしていた。

「ローマの遺跡で、フェンディのファッションショーの照明もやったことがあるよ」
と話してくれた。

数年前、フィレンツェの
Teatro Comunaleテアトロ コムナーレ(市立劇場)の仕事で
その晩に行われるコンサートのために
照明とコンピュータの調整をしていたとき、

「その夜の主役のArtistaアルティスタ(芸術家)が、
舞台でProvaプロヴァを始めたんだ」
(prova:「試す」の名詞形。ここではリハーサルのこと)

そのひとはチェリストだった。  
チェロの演奏なんて、それまでまともに聴いたこともなかったけど
とてもきれいな 素晴らしい音楽で、
俺は自然と仕事の手が止まり、
聴き入ってしまっていた。

きこまれたんだ、そのアルティスタの演奏する音に。

彼の弾く楽器の その音色を聴いていると
なんだか胸がいっぱいになるような、
不思議な気持ちになった。

その夜のコンサートも、もちろん大成功で
コンサートの後
俺たち裏方うらかたのスタッフも全員、
そのアルティスタとの夕食会に招かれた。

市長や劇場のお偉いさん方も皆出席している夕食会なのに
そのアルティスタはどういうわけか
わざわざ
俺たち裏方ばかりのテーブルに来て、
そこで一緒に楽しく、食事をしたんだ。 

昼間に聴いた、彼の演奏するあの音といい、
俺たちと楽しそうにテーブルを囲む 
そんな気さくな態度といい、
とても印象的な、すてきなアルティスタだった。

今も、あのとき彼の弾いたチェロの音の余韻よいんは 
耳の奥に残ってるんだ と

人が 心から感動したときの 
優しくやわらかな微笑みを表情に浮かべて、
ルカは私の顔を見つめた。


「そのアルティスタの名前を憶えている?」 
私は聞いた。

「憶えてるよ。覚えておこうと思ったんだ、
ロストロポーヴィチという人だったよ。」


私も感動で胸がいっぱいになった。


私もチェロの音色が大好きで、
でも ムスティスラフ・ロストロポーヴィチは 
CDでしか聴いたことがなかったけれど、

彼の音楽と
その人物そのものにも、
ずっと興味をもっていた人だった。

ルカは、その人がどれほど有名なのかといったような知識も、
クラシック音楽に特に興味を持っていたわけでもなく、

彼のつむぎ出す音を聴いただけで
その音に惹かれ、
仕事の手を休めて聴き入り、
綺麗な音楽だ と感動した。 


ふつう音楽家のことは、イタリア語でMusicistaムジチスタという。
でもルカは、その人のことを自然にArtistaアルティスタ(芸術家)と呼んだ。

人間性のにじみ出るエピソードを
心にとどめておこう、
このひとの名前も一緒に。

誰に話すつもりもないまま、
自分の心の中に、大切にしまっておいた。

私がもし「クラシック音楽が好き」だと言わなかったら、
たぶんわざわざ話すこともなかっただろうこの話に
私も、ルカの内面性に触れられた気がして


「だから僕もクラシックを聞くのは好きだよ」
と言っていたけれど、

わたしは彼のそんな感性に、
その時もっと
惹かれていた。



このかたです♪
 (再生時間 1:58)


もうひとつご紹介。
彼のこのエピソードは聞いたことがあったけど、
映像が残っていたのは知らずにいました。
途中、何て話しているのか
(ドイツ語かな?ダンケ、って言ってる?)
どなたか、もしわかったら教えてください♡
(再生時間 1:52)



書いたものに対するみなさまからの評価として、謹んで拝受致します。 わりと真面目に日々の食事とワイン代・・・ 美味しいワイン、どうもありがとうございます♡