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雨、降りしきる夜の窓辺・1

 雨の夜に生まれた言葉を
 なぜか君に伝えたくなる

 君とは誰か。少年は僅かに高揚した心をなだめながら、ガラスの外側に描かれる斜線を見つめ続けていた。不規則なリズムで窓を叩く雨粒は、まるで何かを語りかけるように、少しずつその身を大きくする。小さな粒に込められた力は、やがて大きな流れとなり、海へ注ぐ。再び天に帰り、雲に抱かれる事を望んで。

 窓の向こうは夜に染まり、雨の姿を意地悪く隠す。少年は額をガラスにつけ、微かな振動を体内に取り込み始めた。皮膚を伝い流れ込む気配。鼓動の高鳴りをはっきりと自覚し、少年は両瞼を閉じた。

 たのしい
 うれしい
 もっと もっと もっと
 ここにきて

 口元に笑みを呼び込むのは、己に宿る【ナニモノ】かの感情。

ーー 落ち着け……そんなに高ぶるな

 少年は意識的に口元を無に戻し、冷えた額をガラスから解放した。

 雨の到来を喜ぶナニモノか。それは、災厄。少年は、自分に宿るモノの正体を、そう教えられた。

 其の身に災い封ずる生業の者有り
 荒ぶる天地川海に向かうほどに幾多の災厄宿りき
 宿りし災厄身に纏いし結界に封ずるが
 人智の及ばざる力なりて あやしき者と疎まれり
 人目憚り陰に住まい災厄と共に生きるほどに
 あやしき力を以て蠢く汚れを滅する事覚ゆる
 力衰えし地に赴き蔓延りし汚れを祓い再び陰に隠れり
 其の者何時しか宿災と呼ばれり

 宿災(しゅくさい)。生まれながらに災厄を宿した存在を指す言葉。宿る災厄を受け入れ、ともに生きることが運命。

 そんな馬鹿な
 あるわけがない

 誰かに話せば確実に笑い飛ばされるだろう。しかしそんな心配はしなくても良い。己の真実を誰かに話す時など、永久に訪れないのだから。


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