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臓器移植の長期予後について:肺移植を例に

最近、臓器移植後の予後・臓器移植そのものについてやや否定的なSNS投稿を目にするようになりました。臓器提供の有無は個人の自由意志に完全に委ねられておりますが、臓器移植を待つ患者さんやその周囲の方に誤った情報が届くことは避けたいと考えるため、今回臓器移植の長期予後について簡単にまとめさせて頂きました。

やや長文になってしまいましたので、時間のない方のため、冒頭に本記事の結論を記載しておきます。

  • 臓器移植後の長期予後が悪いということはない(管理の特に難しい肺移植においても5年生存率は70%を超えている)

  • 少なくとも、予後成績は臓器移植医療の選択肢を狭める理由にはならない、むしろ選択肢を広げるものである

  • 術後管理技術の進歩、手術の低侵襲化によって臓器移植後の長期予後は改善傾向にある



1. 前置き①:臓器移植とは?

臓器移植とは、重い疾患などにより身体にとって重要な臓器の機能が低下してしまった・機能を失ってしまった方を対象に、その臓器が健康な状態の方(脳死の方を含む)の臓器と取り替えることにより、必要な機能を取り戻すものです。

このとき、臓器提供を受ける側(原疾患がある方)をレシピエント、臓器提供を行う側(健康な方又は脳死状態の方)をドナーと呼びます。

具体的にどのような流れで臓器移植がなされるのかについては、日本臓器移植ネットワーク等のページに記載がありますが、脳死移植の場合を簡潔に記載すると、以下のようになります。

  1. 臓器移植の適応となる疾患を持つ患者さんと、移植を行える施設の移植コーディネーターがコミュニケーションを取る

  2. 患者本人や家族への説明

  3. 疾患の状況、健康状態、移植しなかった場合の長期予後、社会・精神的背景などを総合的に評価するため、検査入院

  4. 検査の結果を踏まえ、移植待機が必要な状態であると認定された場合、日本臓器移植ネットワークに登録し、待機状態に(待機期間は臓器により異なりますが、肺の場合は2年半程度です)

  5. 脳死判定をされたドナーが現れ、移植を受ける対象として選ばれた場合、入院し移植手術を受ける

  6. 体調に留意しながら術後の生活を送る


2. 前置き②:移植の種類と対象臓器

臓器移植には以下の3種類があります。

  • 脳死臓器移植

  • 心停止後臓器移植(一部臓器に限り、心臓が止まった後に摘出可能)

  • 生体移植

脳死状態(脳幹を含む脳全体の機能が)と心停止状態の違いなどについては上記の日本臓器移植ネットワークのHPなどをご参照ください。

実際の件数は、脳死臓器移植と生体移植の2種類が多くを占めております。2009年の臓器移植法の改正により、臓器提供の意思表示をされた方の移植制度が整備され、脳死ドナーの件数が増加傾向となっています。

また、2023年現在、移植対象となる臓器については、本邦では以下となっています。

  • 心臓(脳死)

  • 肺(脳死 or 生体)

  • 肝臓(脳死 or 生体)

  • 腎臓(脳死 or 心停止後 or 生体)

  • 膵臓(脳死 or 心停止後)

  • 小腸(脳死)

  • 眼球(脳死 or 心停止後)

臓器移植に関しては、運転免許証や健康保険証の裏面に臓器の記載がありますので、ぜひ確認してみてください。

また、この欄では臓器提供の「意思表示」を行うことができます。
意思表示に関してはまた別の記事で書こうと思いますが、「提供する」「提供しない」にかかわらず、一人でも多くの方が意思を決定し、記入することが、結果として多くの方の命を救うことに繋がると信じています。


3. 本題:移植後の予後は悪いのか?

本題です。巷であった「移植医療を行っても予後は長くない」という言説について検討します。

まず、具体的な移植の臓器別の予後について以下にまとめております。

筆者まとめ、移植臓器別予後

最新データの肺移植を例としますと、わが国の脳死片肺移植の5年生存率は71.80%となっております。情報ソースは上記画像に記載されておりますが、肺移植では以下を参照しております。

事実1:臓器移植後の長期予後が悪いということはない

「予後が悪い」という言葉はやや相対的ですので、その定義にもよるものですが、「予後が悪いのか?」回答としては基本的に「否」となります。

この71.80%という予後をどのように評価するかが問題です。比較対象がございませんので、同じ臓器である肺の悪性腫瘍と比較してみたいと思います。

最新のがん統計によると、非小細胞肺癌(肺癌で最も一般的な分類)のI期(一般にステージ1と呼ばれているもので、)の5年生存率が74.6%です。

つまり、初期に見つかった癌と同程度の予後であり、比較対象にもよりますが、現代の医療において「移植をすると長くは生きられない」と言った主張は、もっともらしいものではないと考えます。

これは術後管理の比較的難しい肺移植でもそうなのですから、より生存率の高い肝移植や腎移植(5年生存率は80-90%にもなります)においては、なおさら「予後が悪い」とは言えないでしょう。

※肺移植の特殊性について
肺移植の5年生存率が他の臓器移植と比べて低いことには理由があります。
第一に、移植臓器の中で唯一外界と接しており、術後に感染症を起こすリスクが小さくありません(健康な人でも肺炎を起こしますよね)。
さらに、移植肺は粘膜の上皮機能が低下し、さらに気管支吻合部等の感染に弱い部位が 存在することも、リスクを助長します。
第二に、また肺は他の臓器と免疫の状態が異なります。具体的には専門的になるので差し控えますが、抗原性が高く、拒絶も同時に起きやすくなっています。
つまり、拒絶も感染も起きやすい臓器であるため、他の臓器移植と比較しても、免疫抑制剤を調整しながら慎重に経過観察を行う必要があります。

Dokkyo Journal of Medical Sciences, 45(3):145~151, 2018
 白石ら,.『移植』Vol. 53(4-5):269-275, 2021

事実2:予後成績は臓器移植医療の選択肢を狭める理由にはならない

ここまでは71.80%という数字をどう捉えるかという話をしてきましたが、「移植後に合併症で命を落とし、結果として寿命が短くなってしまうことがあるのではないか」という反論もあるでしょう。

勿論その可能性がないとは断言できません。医学に絶対は無いからです。
しかし、その可能性が高いと移植前に評価される場合には、移植が行われない、すなわち移植によって予後を縮めることが無いように十分な検討を行う仕組みがあります。

上の方で、移植待機登録を希望する際には、一度入院して様々な検査を行うと記載しました。この際に、様々な身体・精神・社会的状態を加味し、以下に該当するかと検討します。

1) 治療に反応しない慢性進行性肺疾患で、肺移植以外に患者の生命を救う有効な治療手段が他にない。
2) 移植医療を行わなければ、残存余命が限定されると臨床医学的に判断される。

肺移植レシピエントの適応基準 (肺移植関連学会協議会)

最終的には、肺移植関連学会の検討により、「肺移植を行わなかった場合、肺移植のリスクで亡くなる予後よりも状態が悪いと予測される」場合に待機登録となります。
つまり、移植をしなかった場合よりも、移植後の方が予後の延長が期待できる方が「移植待機登録」の対象になるのです。(患者さんの健康を害しないためにも、また貴重なドナー肺をムダにしないためにも重要です)

このことからも、肺移植は「ただの延命に過ぎない」手術ではなく、機能が低下してしまった肺をお持ちでの患者さんにとっては、根治に近い結果を得られる前向きな手段として考えられます。

なお、実際に呼吸状態がかなり悪かった患者さんが、肺移植を行って現在ではフルタイムで仕事をできるまでに回復している、という例も珍しくありません。インタビューを掲載しておりますので、ご興味がある方はぜひご一読ください。

事実3:臓器移植後の長期予後は改善傾向にある

最後に、臓器移植の予後は医学の進歩とともにあるということもお伝えしておきます※。

移植医療が始まったのは20世紀後半ですが、導入当初は十分な免疫抑制剤も開発されていなかったため、拒絶反応との戦いは厳しいものとなり、術後1年の生存すら困難なものでした。

しかし、当時と比べると移植後の予後はまさに劇的に改善しています。免疫抑制剤のエビデンス増加とともに、感染症の制御に関しても研究が進み、ある程度適切なコントロールができるようになっています。

また、手術の低侵襲化(傷を少なくすること)も研究が進められております。以下は先日見つけた新しい肺移植方法の一例です。(Twitterリンクですが、臓器の外見などののセンシティブな内容を含むため、苦手な方はご注意ください)

https://twitter.com/LALungTx/status/1690159731246252032?s=20

本邦ではまだまだ移植数が少ないのが現状ですが、個々の移植が実施されることでそれが新たな医療のエビデンスとなります。つまり、ドナーからレシピエントへ繋がれた命は、他の移植を待つ患者さんの命をも救うのです

※長期予後について、具体的な根拠論文などがあれば追記いたしますが、医療が発展すればするほど、今まで困難だった例にも移植を行うことができるようになるため、純粋な「5年生存率」での比較は層別化を行わないと難しいと考えています。


まとめ

  • 臓器移植後の長期予後が悪いということはない(管理の特に難しい肺移植においても5年生存率は70%を超えている)

  • 少なくとも、予後成績は臓器移植医療の選択肢を狭める理由にはならない、むしろ選択肢を広げるものである

  • 術後管理技術の進歩、手術の低侵襲化によって臓器移植後の長期予後は改善傾向にある

移植医療の現状について、本記事を読んで少しでも誤解を解いてくだされば幸いです。

L-TRIPという団体(一人ですが!)では、実際に肺移植やその原疾患をご経験された方のインタビュー企画を進めております。

現状、同疾患や肺移植を経験された方の生活について知る機会は多くはなく、患者さんやそのご家族は「先の見えない不安」と戦っています。

1年後、5年後の未来を少しでも可視化し、必要ならそれに備えた準備ができることが理想ですので、インタビュー活動・肺移植を受けられる方と伴走できる活動を展開していきたいと考えています。

ご協力をどうぞよろしくお願いいたします。

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執筆者:名倉 慎吾(薬剤師・医学生)

※科学的な誤りがないことに十分留意して記載していますが、気になる点などございましたら遠慮なくご指摘ください。

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