LTRP2-13「Shade Of Influencer」

 不正検知システムに携わっていたエンジニアが、アウロラに接触したのはフラウ銃殺の翌日。彼もまた、アウロラがイベントに行くことを知っていた。
「スタークは一連の件を知っていた。アウロラに接近したのも、真相を伝えるためだったのだろう」
と流雫は言い、確信する。シュヴァルツがアウロラに執着心を抱いているのは判っていた、だからストーキングを装って先回りしたのだと。
 「……シュヴァルツが率いる栄光の剣、そのナンバー2はEXCプロジェクトリーダーだった。開発にも介入しているが、AI批判にペナルティを科す学習データを秘密裏に実装させているらしい」
「らしい?」
「仲よくなったエンジニアが、そう言っていたんだ。だからシュヴァルツとリーダーは、栄光の剣としてスタークの動きを警戒した」
と、アルスの疑問に答えた流雫は続ける。
 「しかし、スタークはアウロラに接触した2日後、列車に飛び込んだ。もしこれが、自殺を装った口封じなら……」
「……実行犯はフォロワーか?」
「そうとしか思えない」
と流雫は言う。その前の2日連続キルも、
 「あくまでシュヴァルツが黒幕なら、だけど……」
「命中していなくても、的には当たっているハズだ」
と言ったアルスは溜め息をつく。
 僅かな関連性から真相に辿り着く、流雫の推理力には頭が上がらない。しかし、だからこそ外れていてほしいと願う。そもそも、流雫がこうして推理し、戦う必要は無いハズだからだ。
 アウロラが流雫と澪に接近しなければ、こう云う事態には陥らなくて済んだ。2人の日本人への祈りが足りないのか、とアルスは思う。
「行ける所まで行け」
と言ったアルスに、流雫は
「でも死ぬべき場所は其処じゃない」
と返し、口角を上げた。その表情はフランス人にも想像できる。

 通話を終えたアルスに、赤いロングヘアの少女はラテを啜りながら
「ゲームが原因で殺人とは、本当に世も末ね」
と言った。その奥から
「でもこうして、無事を願う人に支えられて、ルナは幸せ者ね」
と言いながらガレットを焼いて持ってくる、ブロンドヘアの三つ編みの淑女。
「母として、誇りに思うでしょう?マダム・クラージュ」
とアリシアは返す。
 流雫の母、アスタナ・クラージュ。レンヌで、日本人の夫と旅行代理店を営んでいるが、アリシアのアルバイト先でもある。今日はカップル2人、その流雫の実家に招かれたのだ。
「当然よ。ただ2人には礼を言わないと」
とアスタナは言う。
「何時だってルナの味方でいるから、ルナは孤独と戦えるの。だからこれは、私からのせめてもの礼よ」
 目の前のガレットに手を付ける2人。蕎麦粉のクレープにアボカドサラダがトッピングされているが、2人は言葉を発さず堪能する。
 アルスは日本への短期留学で、流雫のガレットを毎朝口にした。
「母さんから教わったんだ。日本にいても、すぐに故郷を思い出せるようにと」
と言っていたことを思い出す。つまり、このガレットは謂わば流雫の原点。
 彼をフランスから追い出した、この家族から引き剥がしたも同然の身として、罪の意識を抱えている。
「ルナは絶対に屈しない」
と、アルスは呟く。
 屈する運命など有り得ない。オッドアイに宿る光の強さは、誰より知っている。そう、恋人の座に君臨する献身的なボブカットの少女以上に。その自負も有る。
 アリシアには、それが些か気懸かりに映る。贖い、その言葉で自分を縛り付けているように見えるからだ。ただ、歯止めが利かなくなるほど愚かではない。
「そうね。あの2人にはルージェエールの守護が有る。不安は何も無い」
とアリシアは言う。アスタナは2人を見ながら微笑む。我が子とその恋人が重なる。ただ、日本にいる2人には平穏が足りない。それだけが残念だが、平穏を手に入れるために戦っているのも事実。
 戸籍上の親子ではなくなって12年、しかし流雫は唯一の母親として慕っているし、逆もそうだ。互いを想わなかった日は無い。だから誰よりも、流雫の無事を願う。

 通話を切った流雫は、EXCにはログインせず今までのことを思い出していた。
 アルスとの通話では触れなかったが、悠陽を襲った犯人はEXCとは無関係だ。つまり悠陽との接点は無い。シュヴァルツのフォロワーで、SNSを見て悠陽の存在を知った……それであれば可能性は有る。
 ゲームの実況を軸にした配信は、謂わば戦国時代。熱狂的なフォロワーを得た者がマネタイズを成功させられるが、最も成功しているのがシュヴァルツ。
 インフルエンサーのためにと犯行に及んだ、とするなら、何故そうする必要が有ったのか。そもそも、ナンパを拒否されただけだ。
 ……悠陽が襲われた理由は別に有る。EXCの場外で、栄光の剣に目を付けられていたとするなら、理由としては成り立つ。しかし、だとすれば悠陽は何を見たのか、何を知っているのか。
 澪は今EXCにログインしている。恐らくは詩応もいる。楽しいプレイを邪魔することは気が引けるが、一応ログインすることにした。

 澪から一通り話を聞いた詩応は、ボブカットの少女と同時にEXCにログインした。碧と紅のシスター2体が並ぶ。数分遅れて黄のシスターが合流する。澪が彼女をフレンドとして承認すると、モバイル組3人のボイスチャットが始まった。
 「シュヴァルツ……」
澪は詩応から聞いた名前を呟き、メモする。後で検索してみようと思ったからだ。
「流雫は既に知っていたりして」
と詩応が言い、澪が続く。
「流雫には、最強の右腕がいますから」
 今頃、流雫はアルスと2人で、シュヴァルツについて調べているに違いない。あくまで自分と澪のために、その思いを抱えて鋭い着眼点と推理力を発揮する。
 「その話は後。取り敢えず、真のデビュー戦をエスコートしないと」
と詩応は言い、マップを開く。その瞬間、ネイビーのスーパーヒーロー然としたアバターがログインした通知が来る。
「詩応さん、真さん。あたし、流雫のところに行ってきます。また後で」
と言い、澪は名古屋からアクセスする2人と別れる。
 碧きシスターの背中に背を向けた紅と黄、2体のアバターはウェポンを手に、フィールドに足を進める。
「流雫が何か掴んだな」
と言った詩応に、真が
「何が起きとりゃあす?」
と問う。ショートヘアの少女は
「厄介なこと」
としか答えなかった。

 AI批判関連のアラートの発動と、エグゼキュータ発動の件数はこの数時間でゼロ。その統計に、椎葉は安堵の溜め息をついた。
 ……自分のアカウントを削除されると読んでいた椎葉は、新宮のアカウントに自分が有していた開発権限の全てを移した。ログイン情報は、線路に飛び込む数日前に教えられた。
「何か有った時に、俺の代わりにシステムを世話してほしい」
と言われたのだ。椎葉は、悪質な冗談と捉えつつも受け取った。 今思えば、こうなることを予期していたのだろうか。
 新宮のアカウントは残されていた。悪用の危険が有るからと、主を失ったアカウントを即刻削除するのは管理面では初歩のハズだが、連中はそうしなかった。 あの列車飛び込み以降、椎葉の動きだけに気を取られていたことがよく判る。
 新宮は生前、秘密裏に新たなデータを作成していた。EXCやAI批判のトリガーワードを無視することで、制裁を発動しないようにするものだった。実装したデータは、アップデート前にリカバリしなければ削除できない。そのアドミニストレータAIの仕様を逆手に取ったのだ。
 新宮のアカウントにアクセスし、譲渡した開発権限を使い、新宮が生成したデータを実装する……。それが、椎葉が貝塚との通話で決めた作戦だった。
 その貝塚の死は、事故が原因ではなかった。弥陀ヶ原から、そう聞いた。
 事故の直前に意識不明に陥っていたことが、ドライブレコーダーの映像から判明している。つまり、バスに衝突したことすら知らないのだろう。
 自動運転のログや挙動のログを総合すると、自動運転が解除されたと同時に制御不能に陥った車はバスに向かったことが判る。そして衝突したことを引き金に向きを変え、地下への階段入口に衝突して止まった。
 犯人は、AIとシステムに介入して事故を起こすようプログラミングし、事故と同時にプログラムを削除した。検証アプリを使えば、そう云うことすら可能だ。
 ……内部に、貝塚をよく思わない人物がいる。川端の裏切りか、別に誰かいるのか。
 椎葉のスマートフォンが鳴る。
「逢沙か。どうした?」
と通話相手に問う椎葉に、落ち着いた口調で逢沙は
「昨日から福岡にいるんでしょ?折角だし、今から会わない?」
と問い返す。
 この2週間近く会っていないだけに、悪くない提案だ。
「何処にする?」
と椎葉は問う。
 篭川逢沙。椎葉の大学時代の後輩で、在学中はeスポーツプレイヤーとして名を馳せた。今は引退したが、当時のスポンサーだった中堅ウェブメディアで記者として働いている。
 普段は東京にいるが、この週末だけ福岡に取材に行っている。そのことは椎葉も知っていたが、まさか会うことになるとは。
 退屈だろう福岡での夜が、少し楽しくなる。これぐらいの恩恵は受けてもいい。

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