LTRP2-7「Desire Of Egoist」

 日曜日、何時ものように新宿駅で合流した流雫と澪は、池袋へと移動した。澪にとっては逆戻りする形だが、流雫の迎えは自分から決めたセオリーで、破る気は無い。
 池袋駅に着いた2人を、悠陽が出迎える。そして3人は、1週間前のイベント会場へ足を運んだ。
 ドーナッツ屋に誘われた日、悠陽はその待ち合わせ場所を池袋に指定していた。
「フラウ……」
悠陽は小さな声でそう呼び、手を合わせる。死の一報を耳にした瞬間、この場所を訪れると決めた。2人は瞬時に、あの撃たれたコスプレイヤーの名前だと察した。
 ドーナッツ屋で話そうとした話題を、澪はこの場で切り出した。
「……被害者は、アルバのコミューンマスターでした。そして犯人もアルバのメンバー。あの銃撃事件は、コミューンの内輪揉めだったんです」
アルバ、その名前を耳にした悠陽は眉間に皺を寄せる。
「スタークは、アルバの壊滅に端を発するアウロラ叩きから、悠陽さんを護ろうとしたんです」
「でもその理由は言えない、そう思ったスタークはストーカーになろうとした。そうすれば、全ての方面からの目が自分の行動にだけ向くから」
と、澪に続く流雫に、悠陽は険しい目を向けながら問う。
「理由……?」
「アウロラ叩きの真相は、悠陽さんにデートを断られたアルバのメンバーの腹癒せでした。チート行為に対するアバターの処刑とコミューンの壊滅を、ナンパを通報されたからだと思っていたから。スタークはログを見て、全てを知っていたんです」
と澪は言った。その口調と目付きは、刑事の娘らしい強さを纏っている。
 ……流雫は弥陀ヶ原に、澪は父親に、それぞれが知る限りのことを話していた。
 新宮は、自分が遡っては保存していた悠陽とアルバのメンバーのログを、水面下で椎葉に渡していた。それが弥陀ヶ原と流雫の手に渡った。そして流雫は、澪に流した。
「事実はセンシティブ、それにスタークは立場を明かすことはできない。だから余計に、ストーカーとして振る舞うしかなかった」
 「……信じられるワケが」
と言った悠陽に、澪は
「確かに、スタークがやったことを悠陽さんのためだったと言われても、信じられないのは当然のこと。それはあたしにも判ります」
と言葉を被せ、更に流雫が続く。
 「池袋にアルバの残りのメンバーが集まることを知ったスタークは、コスプレの衣装からアウロラの正体を特定され、狙われると懸念した。だから、アルバに対する障害物として振る舞うことに決め、誤解を生む近寄り方をした」
「データベースサーバは、全プレイヤーの全ての発言を記録しています。ナンパも、スタークとの初対面も。だから悠陽さんは、スタークの同類だと目を付けられ、スタークのゾンビに処刑された……」
 「同類!?」
と声を上げた悠陽の顔には、怒りと2人への不信感が漂っている。だが、残酷な現実を話さなければ、先に進めない。これで絶縁されても仕方ない覚悟は既にできている。そうでなければ、今日誘わなかった。
「EXCとAIを批判した、アドミニストレータAIはそう判断し、プレイヤーのステータスを要注意にした。そしてスタークのゾンビがフォロワーをキルしていく中で、フォロワーではないけどアウロラもキルした」
「居合わせたからとばっちりではなく、AI批判の共犯として。似たような理由で、流雫のアバターもキルされたんです」
と澪は言い、一瞬流雫に目を向ける。キルされたのがアバターだけでよかった、と何度思っただろうか。
 悠陽は言葉を失う。信じられないことだが、2人が自分以外の誰かに味方しているとは思えない。つまりは、信じるしかない。
「悠陽さんにとっては、センシティブなことだとは判ってます。しかし……」
「それが本当だとして、私はどうすればいいの?」
と悠陽は問う。流雫は無意識に唇を噛んだ。
 このリアクションは予測できていたハズだ。だが、悠陽はどうすればいいのか、流雫には判らない。どうすれば、スタークの代わりに護ってやれるのか。
 沈黙を破ったのは澪だった。
「あたしと流雫が、悠陽さんの力になる。それだけじゃ、不安ですか……?」
流雫には、最愛の少女の口調が、不安がる子供を諭すように聞こえる。だが、その本質を唯一知っていた。
 ……澪でさえ不安なのだ。
「フレンド1人救えないの?流雫もいるのに?」
と、彼女にしか聞こえない声が脳に焼き付く。しかし、悠陽のフレンドとしてのプライドが、刑事の娘を立ち上がらせる。澪が本当に諭したいのは悠陽じゃなく、澪自身だった。
 「……不安しか無い」
と悠陽は言った。
「どうやって、私の力になると言うの?」
 詩応がいれば、一触即発の事態に陥っただろう。だが、寧ろ悠陽の反応が普通なのだ。悉くテロや通り魔に遭遇し、その度に銃を手に戦ってきた2人が異様なだけだ。そのことは澪も自覚している。
「……答えられないのに」
と軽く挑発する少女の言葉を、澪は遮る。
「リアルとEXCは、何もかもが違う。でも、あたしは悠陽さんを見捨てない。悠陽さんも、あたしの大事なフレンドです」
その言葉に、悠陽は息が止まる。

 悠陽は少しだけ、澪を試す気だった。それでも自分に味方するのか。その答えも、半ば予想通りだった。だが、ダークブラウンの瞳は、それが口先だけではないことを語っていた。
 流雫はその隣で、言葉に迷う悠陽をただ見つめている。
 ……彼女の選択に、お世辞にもフレンドとは呼べない自分が介入する余地は無い。ただ、澪の言葉なら悠陽は受け入れる。否、受け入れざるを得ない。
 優しくない、我が侭なだけ。澪は何時もそう言っている。フレンドと呼べる存在が平穏であってほしい、だから味方になりたい。かつて流雫や詩応に見せた欲望は、悠陽に対しても同じだった。
 スタークを擁護するような言葉に悠陽が苛立つのは、当然のことだった。しかし、ここまで自分に向き合ったのも澪が初めてだった。やはり、彼女は自分にとっての希望だ。
「……敵わないわ」
と悠陽は言った。その言葉に、澪は表情を緩める。これで、彼女のフレンドとして1歩進めたと思っている。
「ありがと、悠陽さん」
と澪は言った。

 フリースペースの机に伏せて朝を迎えた椎葉は、昨夜書き上げたコードでAIが正しく動くか、テストを始めた。
 予想より少し早く終わったが、予め汎用AIのソースを持っていて、仕様指示に合わせてアジャストさせただけに過ぎない。
 そしてAIは、仕様指示通りの動きを果たした。定期的なメンテナンスは他のAI同様同じだが、どうにかなった。後は東京へ帰るだけだ、と椎葉は思ったが、渡された東京行きの航空券は月曜の正午発だ。福岡に長居する気は無いが、24時間以上有る。
 オフィスを出ようとした椎葉のスマートフォンが鳴る。貝塚からだ。
「お前、AIに何をした!?」
最初の一言から憤怒を露わにするプロジェクトリーダーに、椎葉は
「先手を打っただけだが?」
と答える。
「ふざけるな!!何が先手だ!!」
「アドミニストレータAIに新たなデータを実装した。チーフエンジニアの俺に、そのことを隠した理由は何だ?」
「設定を戻せ!」
貝塚は鬼の形相だ。それは椎葉にも容易に想像できる。
「クラウド環境を甘く見たな」
と椎葉は不敵な笑みを浮かべる。
 椎葉が打った先手。それはAIに関する貝塚と川端の権限を剥奪することだった。正確には、テスト環境モードに設定し、その間はデータ実装を本番の運用に反映しないようにする。サーバを止めること無くテストが可能で、オペレータAIでも多用されている。
 昨日、椎葉が機内で打っていた文字列は、そのためのコードだった。機内Wi-Fiとスマートフォンだけでも成立する環境を活用する、それが椎葉だ。
「開発の邪魔をするのか!」
「AI批判への制裁に関するデータだけが増えていく。過剰な統制に走るのは何故だ?UACの指示か?」
「俺の問いに答えろ!これは命令だ!」
「答えないなら、俺は今日でエンジニアを下りる。後は川端に任せればいい」
と言った椎葉は、一呼吸置いて最後に言った。
「……栄光の剣に加担するために、俺はAIを開発したワケじゃない」
 ……弱い犬ほどよく吠える。弱い犬だと思われているだろう。だが、AIは特定の組織を喜ばせるために開発したワケではない。これで間違ってはいない、と思っている。
 UAC時代から強行突破で、思いのままに企画を押し通してきた貝塚のことだ、これがブラフとして見られるとは思っていない。嬉々として上に話を通し、明日にはエクシスでの席を失うことになることまで見えている。だが、未練が有るワケでもない。
 椎葉は一方的に通話を切ったが、貝塚からの折り返しは無かった。今頃、邪魔者がいなくなったと川端に連絡し、祝勝会となるべき酒の席でも予約しているのだろうか。
 椎葉は手に持ったままのスマートフォンの上で、何度も指を滑らせる。
「お前には、助けられてばかりだな……」
と言った男は、博多の雑踏に消えていった。

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