LTRP2-16「All For Rebirth」

 悠陽の口から出た言葉は、澪の表情を強張らせるには十分だった。
「社会の未来は、AIが書き換えていく。澪も、見てみたいと思うでしょ?」
「それが時代の流れなら……」
と答えるのが精一杯の澪に、悠陽は言う。
「シュヴァルツが、栄光の剣を司っていることは知ってるわ。でも、シュヴァルツ本人を支持していたワケじゃない。あくまでも、団体としての理念を支持していただけ」
 「……シュヴァルツが悠陽さんに目を付けたのは、偶然でしかなかった。スケープゴートは、女子のアバターなら誰でもよかった」
「でも、シュヴァルツ自身が困惑する事態に陥り、悠陽さんは狙われた。その犯人は、スタークが殺されたことにも関与しているのでは……」
と澪は言った。
 悠陽とスタークの共通点は、シュヴァルツをよく思っていなかったこと。しかし栄光の剣については、悠陽は少なからず肯定的だった。スタークは否定的だから殺された、としても悠陽が狙われる理由は無い。
 狙われるべき理由が有るとすれば、それは一つ。答えにくいから躊躇っているとしても、何度でも問うしかない。
「……悠陽さんは、栄光の剣にとっては不都合なことを掴んでる。何を知っているんですか?」
悠陽は、ダークブラウンの澪の瞳から逃れられない。そして、漸く口を開いた。
 「……栄光の剣は、EXCのAIを操ってる。アバターのパラメータ調整から、エグゼキュータやゾンビアバターの発動まで、栄光の剣の裁量次第なのよ」
その言葉に、澪は疑問をぶつける。
「でもあれは、アドミニストレータAIが……」
「AIに判断されない設定を秘密裏に付与した。データベースサーバの管理者スキルが有るなら、簡単にできることよ」
と悠陽は答える。澪には、それが単なる憶測とは思えない。
「どうして、そのことを……」
「チート行為には気付いていたの。明らかに太刀打ちできないようなエネミーですら、単体でも簡単にキルするんだから。怪しむのは当然よ」
と悠陽は言った。

 ナンパされる3日前、悠陽は無差別級のレイド戦でワンサイドゲームを喫していた。ユーザのレベルに合わせた設定がエネミーの個体ごとに施されるのだが、このスケーリングのエラーで歯が立たないエネミーと対峙したのだ。
 あと2発でキルされる……そこに颯爽と現れたのが、シュヴァルツだった。瞬く間にエネミーを撃破し、その場に居合わせたユーザからは持て囃されたが、悠陽は一つ引っ掛かっていた。
 確かに、シュヴァルツのステータスは自分よりも断然高かったが、それでも99パーセントの体力を残したエネミーをたった3発でキルできるとは思わなかった。
 その日を境に、悠陽はシュヴァルツに寄られるようになった。最強のコミューンのメンバーから近付かれることは、フォロワーにとっては名誉なこと。しかし悠陽はそうではなく、それどころかあの強さが引っ掛かっていた。
 悠陽は一度、その強さについて問うた。シュヴァルツは、レベルと持っている武器の違いを語った。
 全てがレアアイテムだった。サブスクリプションユーザは入手できる確率が無料ユーザより高く、理論上はレアアイテムだけで武装できる。
 悠陽はその説明を信じる他無かった。だが同時に、データベースサーバで意図的にアイテムやパラメータのチートを付与していないと、説明がつかないと思っていた。
 その強さを怪しみ、或る意味恐怖すら覚える悠陽を、シュヴァルツは警戒していた。そして、アルバ内での疑惑が生まれたタイミングで、ナンパを仕掛けた。
 仮に悠陽がナンパを受け入れていれば、シュヴァルツはその関係を使って口止めしただろう。しかしそうはならず、大学生ユーザの思い通りになった。
「……これでも情報科だからね、システムについては少しぐらい知ってるわ」
と悠陽は言った。
「EXCのAIを活用して新時代を切り拓く、でも実態は単なるAIの悪用。公平公正に見せ掛け、自分たちの思い通りにする……?」
「AIで、社会の勢力図は大きく書き換わる。私たちの世代から、世界は大きく変わっていくのよ。……その社会で勝ち組にならなければ、未来は使役されるだけ。栄光の剣は使役する側としての道を約束する」
と続ける悠陽に、澪は言葉を返す。
 「でもその思惑が、数々の事件を引き起こしたとするなら、栄光の剣も断罪されなければならない。犯罪すら厭わない、その思惑さえ滅ぼすことができるなら、その時こそ栄光の剣は、誰もが望んでいた形になる……」
 流雫を通じてアルスから学んだ言葉を、アレンジしたに過ぎない。しかし、澪にとっては一生大事にしたい名言だった。
「蔓延る邪な思惑を排除できれば、残った人々の手で再生されていく」
綺麗事でしかなくても、その言葉を信じていたい。
 悠陽の前で初めて、丁寧語を使わなかった。そのことに、ロングヘアの少女は少しだけ驚いていた。
 「……甘いわね」
と言った悠陽は、しかし澪の言葉に重みを感じていた。
 栄光の剣そのものを否定せず、寧ろ再生を期待している。甘い、しかし澪なら実現できる。やはり澪には敵わないし、その言葉に乗るしかない。
 「ありがと、悠陽さん」
と澪は言う。彼女の憎まれ口、それに隠れた本音を見透かしていたかのように。

 悠陽との会話は、全てトランスクリプション機能でテキスト化されていた。帰りの列車に揺られながら、澪は流雫にそのデータを送る。
 中の人が、率先して不正行為を働いていた。その不正に気付いていたから、スタークは殺され、悠陽も狙われた。
 椎葉と逢沙の会話を裏付ける形となった悠陽の言葉に、澪は怒りを覚える。そして、一つの可能性に辿り着く。澪はメッセンジャーアプリを起動させ、流雫のアイコンをタップした。

 「川端がシュヴァルツのチートをサポートしていた。千代の命令を受けて」
そのメッセージが届いたのは、流雫がペンションに帰り着いたのと同時だった。そして夜、ペンションの手伝いを追えた流雫は、澪のスマートフォンを鳴らした。
「栄光の剣自体、千代が創設して息子を頂点に座らせたとするなら。千代の命令を受けた川端がシュヴァルツをサポートしていた。昨日の逢沙さんたちの話を聞く限り、他にめぼしいエンジニアはいないような……」
「……だとすると、貝塚は美浜さんを監視しているか、川端に監視されていた。……でも、貝塚が一つだけ大きなミスをした。それが川端から千代に伝わって、貝塚の殺害に至ったとするなら……」
と澪の言葉に続いた流雫に、澪は
「ミス?」
と問う。流雫は、浮かんだ一つの線を言葉にした。
「美浜さんを、福岡に飛ばした。監視できる環境から追い出したんだ」
 椎葉がペンションをチェックアウトする時、今から福岡に行くことを流雫にぼやいていた。福岡で何をしていたか、までは知らないが。
「貝塚の思惑は知らない。しかし結果として監視できる環境から美浜さんを逃がした、川端や貝塚の目にはそう映った」
「まさか、美浜さんを逃がした罰として、処刑されたと云うの……?」
「可能性でしかないけどね」
と流雫は言った。淡々とした口調だが、軽々しく人が殺されていることに対する怒りが滲んでいることは、澪には判る。
 「……人の命を、何だと思ってるの……?」
そう呟いた澪の怒りは、尤もだった。公益に見せ掛けた私利私欲、そのために人が犠牲になったことを、理由はどうであれ見過ごすワケにはいかない。
「……全ては週末かな」
と流雫は言った。EXCにとってはそれまでが正念場。そして、フェスがEXCの集大成であり、AIを軸としたメタバース事業の発表も有るだろう。それは、エクシスにとっての集大成でもある。
「早く土曜にならないかな」
と澪は言う。何かが起きる不安と、好きな人たちに会えることへの期待の間で、ボブカットの少女は揺れ動いていた。

 EXCのサーバエラーが長引くことは、今の悠陽にとって悪いことではない。小さなミシンを使い、碧きシスターの衣装を縫っていく。澪から送られてきたスクリーンショットは、その意味では有効だった。
 自分のアバターの衣装を新調する時間も有る。今度は池袋のイベントのような事態にはならず、1日平和裏に過ごせるように、と願うだけだ。
 休憩しようとした悠陽はSNSを開く。相変わらずサービス再開に至らないEXCに対する不満が見られる。特にサブスクリプションユーザは、中断中の損失の補填を求める声を上げている。これが引き金となって、ブースでの騒動に発展しなければいい、と思う。

 睡眠導入剤を喉に流し入れた男は、沸き上がる苛立ちとの戦いに挑む。数時間の眠りに就くために。
 30分前まで開いていたFPSのゲーム実況は相変わらず盛況だった。誰もがシュヴァルツのプレイに釘付けだった。
 しかし、そうして充たされる承認欲求ですら駆逐される。それは、EXCで無双できないことが原因ではない。
 ……個人的には、貝塚はよく働いたと思っている。メッセンジャーアプリでの遣り取りだけで、顔どころか声も知らない、謎の人物だったが。
 あの事故には不可解な点が多い。そして、空いた貝塚の椅子に座った川端もよく知らない。ただ、EXCを意のままに操れるエンジニアとは聞いた。
 千代は父親に言われるがままに、栄光の剣の理事長になった。だからEXCでも無双できた。チートは全て貝塚からの指示だったが、バレないための作戦は成功した。尤も、ナハトは今世紀最大の愚か者だったが。
 ……ナハトについて、弥陀ヶ原と云う刑事が来て話すことになった。正直、初対面はあのオフ会だったから、説明に困った。
 どんな理由が有ろうと、人を殺すことなど有ってはならないことだ。しかし、熱狂的なフォロワーと云うのは何をしでかすか判らない。それが最悪の形で現れた。
 そして、あのルーンとミスティと云う2人が気になる。最弱クラスのアバターだが、何故一連の騒動を知っているのか、そして何処まで知っているのか。恐らく最後の一撃は届いていないが、届いていたとしても、口封じにはならない。あの碧きシスターの言葉通り、EXCはリアルではないからだ。
 そう思っているうちに、千代の意識が薄れてきた。とにかく、今は寝るだけだ。
 

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