LTRP2-14「Scapegoat For Ambition」

 「逢沙!」
と椎葉が名を呼ぶ。首の位置で束ねたポニーテールを翻し、
「椎葉」
と呼び返す逢沙は
「まさか福岡で会えるとは、思ってなかったわ」
と言った。
 2人は博多駅の鍋料理屋に入り、モツ鍋と刺身を囲む。其処ではプライベートの話しかしなかったが、その後駅ビルの屋上デッキで、コーヒーの紙コップを片手に隣同士並ぶ。
「逢沙は何の取材だ?」
「中国資本のMMOが来月日本でサービス開始。その拠点が福岡だから、関係者にインタビュー」
「それはビデオ通話でできるだろ?それにメタバース専門じゃなかったか?」
「eスポーツをやってたから、ゲームにも強いだろう?そう言われてね」
と、椎葉の問いに答える逢沙は、周囲に誰もいないことを確かめると、恋人に甘えるように身体を寄せる。そして、囁くような声で言う。
「……それは本当だけど、最大の理由はエクシスよ。福岡の開発部門で不可解な動きが有るらしくて、それの取材」
「不可解?」
「メタバースの関連部署が発足したのは知ってる?」
「小耳に挟む程度ならな」
と椎葉は答える。3週間前の話で、開発拠点を福岡に置いた。ただ、それ以外の事は何も知らない。
 「椎葉が異動になっても不思議じゃないのに、EXCに残ってる。福岡にいると言うから、異動だと思ったわ」
「アドミニストレータAIの管理が有るからな。尤もそれも、今日までの話だが」
と言った椎葉に、逢沙は問う。
「今日まで?」
「追放だ。開発のアカウントを抹消された」
と答える椎葉。
「栄光の剣にとって、欲しいのはEXCのAI。そのためには、俺が邪魔だったんだろ」
「栄光の剣……」
とリピートした逢沙は、スマートフォンを取り出すとその名を入力する。
 「……副理事長の貝塚は事故死。事故じゃないが」
「事故じゃない?」
「自動運転のAI解析を、警視庁の弥陀ヶ原に頼まれた。結果、事故を起こすように仕組まれていた。それもエクシスのAIやシステムを採用している」
「じゃあ、最初から貝塚を殺すために……」
と言った逢沙に、椎葉は
「ああ。誰が手を下したのかは警察の領域だが」
と続く。
 「……メタバースにEXCのAIを活用したいことは判るわ。MMO業界でも最先端を行ってる。今度のイベントでも、EXCは大注目だし」
「メタバースの開発で、EXCの知見はエクシスにとっては大きな武器だ。特にアドミニストレータAIは最強だ」
と言い、椎葉は口角を上げる。稼働開始から4ヶ月足らずだが、今でもあのAIには自信を持っている。
「でも副理事長は……」
「栄光の剣が台頭するのをよく思わない連中の仕業か、内部で争いが起きているのか」
 「……それだけど」
と逢沙は言い、スマートフォンを見せる。
「副理事長の座には、川端と云うエンジニアが座ったわ」
5分前にSNSに投稿されていたが、椎葉は驚かなかった。貝塚が可愛がっていたから、そうなるのは寧ろ自然だった。
「順当な人事だな」
と椎葉は皮肉交じりに言った。その隣で逢沙は呟く。
「……シュヴァルツが理事長?」
「……何?」
と問い返す椎葉の眉間に皺が寄る。逢沙が見せた画面には、千代成光と云う名前が映っている。
 「シュヴァルツこと千代成光。現役時代に対戦したことが有るの」
と逢沙は言った。
 ネットニュース記者は現役時代、ディードールと云う名前で登録していた。踊り子を意味するダンシングドールの略だ。
 そしてFPSの全国大会で千代と2回戦い、2回勝った。火力にモノを言わせるパワープレイヤーは、文字通り踊るようなディードールの動きに歯が立たず、表彰式でも釈然としない表情を浮かべていた。その時は高校生だったが、今は都内の国立大学に通っている。
 「千代……?」
その名字を口にする椎葉。何処かで聞いた覚えが有る。逢沙は言った。
「……EXCのプロデューサー……?」
椎葉は目を見開き、
「あ……」
とだけ声を上げた。

 UAC……アルティメット・アクセス・コンプレックスが配信するEXC、そのプロデューサーの名字は千代。エグゼコードシリーズのゲーム全般を取り纏めるコンテンツ第三企画部長で、EXCにはプロデューサーとして参画している。
 数日前には経済雑誌にもインタビューが載っていたが、読んだ椎葉がその名前を忘れていたのは、単に上層部のことなどどうでもよかったからだ。
 「昨日、UACがエクシスへの出資比率を過半数まで上げると発表したわ。事実上の子会社化よ。目的はメタバース事業に向けた支援」
「支援の先に独占か」
「投資家の間では、それが最有力。完全子会社化も時間の問題と言われてる。元々メタバース部門の設立は、UACからの要求よ。自社で設立するのではなく、外部のリソースに出資する形が効率的だし」
と逢沙は言い、スマートフォンを鞄に入れる。
 「しかし、メタバース部門も大変ね。貝塚が部長の座にいたのに、事態が事態だからとは云えもう交代なんてね」
と逢沙は言った。後任人事そのものは大きなニュースにもならない。しかし椎葉は、その言葉が気になっていた。
「貝塚が部長だったのか?」
と言った椎葉に、逢沙は呆れながら
「……本当に何も知らなかったのね」
と答える。それだけ社内でもトップシークレットのような扱いだった。そうするだけの理由が有るのか、椎葉には判らない。
 「新たな部長は千代よ。それは先刻、椎葉と会う前に入手したわ」
と逢沙は言った。
 UACはエクシスへの出資比率を段階的に引き上げてきた。それは即ち、出資先への発言力が増すことになる。そして、メタバース部門を軸とした子会社化が現実のものになる。それは、椎葉が手掛けてきたAIのノウハウすら、UACの資産になると云うこと。
 貝塚も千代も、形としてはUACからの出向になる。名実共に、エクシスのコンテンツ開発をUACの支配下に置きたいのか。
 「千代は今のポジションを維持したまま、エクシスのメタバース部門のエグゼクティブプロデューサーに就任することになるわ」
と言った逢沙に、椎葉が続く。
「……千代は息子を、EXCの知見を手に入れたUACに入社させたい。EXCのAIを活用したメタバースがマネタイズに成功すれば、そのAIを軸に雇用が生まれ、栄光の剣を信仰するローエンド層に下剋上のチャンスが生まれる。……まさか、そこまで計算しているのか?」
「恐らくはね。それ自体は悪いことじゃないわ。でも、もしその過程で殺人が起きていたとなると、話は別よ」
と逢沙は言葉を返した。
 ……犯人はエクシスにいる。それは、貝塚殺害の手口を見る限り揺るがない。貝塚を殺してまで、利権を手に入れたいのは誰だ?
 とは云え、それは明日でも構わない。
 「……折角の福岡だし、事件に囚われてばかりなのも癪に障る」
と椎葉は言い、西の地方都市で過ごす最後の夜を少しだけ堪能しようと思った。思えば、プライベートの時間を堪能すること自体、久々の気がする。
「それもそうね」
と逢沙が言うと、椎葉はジャケットのポケットに手を入れ、少しして出すとそのまま恋人の肩を軽く抱き寄せた。

 画面上で、2体のアバターに接近判定が出た。ボイスチャットを始める流雫と澪。
「フレアと別れてきたわ。ルーンがログインしたのは、シュヴァルツのことで何か掴んだと思ったから」
と澪は言う。流雫と一緒故にAIに本名を拾われるのを警戒した。
 流雫は問う。
「どうして、その名を?」
「フレアから聞いたの。……何か知ってる?」
「知ってる」
と流雫は答え、アルスと話したことを掻い摘まんで話す。
「シュヴァルツが黒幕なら、だけどね」
と流雫は最後に言ったが、澪には外れているとは思えない。
「ただ、アウロラさんが襲われたことは引っ掛かってる。胸をスタンガンで狙ったのは、殺意が有ったからに他ならない」
「犯人は、どうして殺そうとしたの?」
と澪が問う。
 「……アウロラさんが栄光の剣に目を付けられていた。犯人は恐らく、シュヴァルツのフォロワー。EXCと接点が無いなら、個人崇拝しか接点が無いように思える」
「カリスマが絶賛する栄光の剣に敵成す。だからフォロワーがアウロラを襲った?」
「それだけでも、動機としては十分成立するからね」
と流雫は答える。
 ……ナンパ拒絶が第三者による殺人未遂を招いた、とは飛躍した話だ。だとすると、アウロラは栄光の剣について何か知っているのか。
「アウロラと会わなきゃ……」
と澪は言ったが、それはEXCではなくリアルでのこと。明日あたり、悠陽に問い質したい。
 突然、2人のスマートフォンの画面が赤く光る。PvPの通知だ。PvPは原則1対1だが、2対1でも可能だ。
 画面に表示された名前はシュヴァルツ。黒いサイバー騎士のアバター。
「ルーン、トラチャ!」
と澪が言い、流雫はすぐさま設定する。
 チャットパレットに最初に流れる言葉は
「お前ら、アウロラのフレンドか」
だった。何故知っているのか……思いつく理由は一つだが、今はその時ではない。
「色々嗅ぎ回っているようだが、何をしたい?」
その言葉に、先に動いたのは流雫だった。
 「アルバの壊滅は、チート行為が不正検知システムに引っ掛かったから。アウロラをナンパしたのは、そのシステムの動きを察知したから。チートを隠すためのスケープゴートが欲しかった」
「ナハトはフラウを殺した。その動機がどうであれ、アウロラが真相を知る術は無くなったハズだった。しかし、今度はスタークが現れた。アルバを壊滅に至らせた、不正検知システムの開発者」
最愛の少年の言葉に、今度は澪が続く。
「そのスタークは自殺ではなく、殺された線が濃厚。そして今日、池袋で事故を装った殺人事件が起きた。被害者の共通点は、エクシスでEXCの開発に携わっていたこと」
2人はニュース速報のアプリの通知で、運転席で意識を失っていたのが貝塚だと知った。流雫が列車に乗っている時間だったから、軽くメッセージを送り合う程度だった。
 貝塚が殺されるべき理由……即ち栄光の剣絡みなのか、と流雫は思っていた。
 「池袋で死んだプロジェクトリーダーは、栄光の剣のナンバー2。トップは大学生だから、その代わりに実務を仕切っていたのか。……EXCのAIを知り尽くす1人だっただけに、理念の実現に影響が出るのは……」
と言った流雫のアバターに、シュヴァルツの刃が向く。
「何を言いたい?」
「……動揺しているのか?」
と流雫は言う。その一言を目にした澪の背筋が、僅かに震えた。流雫の反撃が始まったからだ。
 「ナハトが暴走し、フラウを殺したのは計算外だった。スタークが何者かに殺されたのも同じ。そして、有能な右腕さえ失った。……何を護ろうとしている?」
「黙れ!!」
シュヴァルツの怒鳴り声がチャットパレットに流れ、同時にルーンに刃が突き刺さる。ネイビーのスーパーヒーローの体力は、一度に半減された。既に後が無い。
「ルーン!!」
と叫んだ澪のアバターは、ルーンの隣からレーザーを纏ったレイピアをシュヴァルツに突き付ける。
「……ミスティ……!」
「ルーンをキルしたって、口封じにはならないわよ?これはEXC、リアルじゃない」
と、流雫の言葉に続く澪。
 「アルバに属したのは、EXCのAIを試したかったから。チートの付与による全滅が成功するなら、アルバでなくてもよかった。スケープゴートは、アウロラでなくてもよかった」
と言う流雫に、澪は問う。
「何故そこまで……」
「……シュヴァルツが、栄光の剣の理事長なら。言動の全てが栄光の剣のためなら。今まで起きてきた問題の本質が見えてくるんだ」
と流雫は言い、シュヴァルツのアバターに目を向ける。
「EXCのAIを巡って、何が起きてる?」
 黒い騎士の剣が引いた瞬間、ミスティが2人の間に割って入る。
「ルーンをキルするなら、あたしが戦うわ!」
刃はミスティに向き振りかざされる。2人揃ってキルされる……その瞬間、ゲームフィールドが消滅した。

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