LTRP1-5「Sudden Death」

 カフェに入った2人は、カウンター席で隣同士になると、早速流雫のアバターを生成することにした。流雫の顔写真を画像生成AIで変換させ、それに衣装を組み合わせていく。
 サイバースタイルのスーツは、アメリカのダークヒーローにも見える。年に一度のフランスへの帰郷、その道中に機内で見るアクション映画に影響を受けた。
 そのベースカラーはネイビー。それは流雫のルーツがフランスだからだ。西欧最大の農業国を一色で表すと、トリコロールの左側を彩るネイビー寄りの青。
「流雫らしいわ」
と言いながら微笑む澪の隣で、流雫は
「どのプレイヤーもイコールコンディション……」
と呟く。
 リアルの身体能力の差は無い。流雫の特長もリセットされるが、欠点もそうだ。
 その代わりになるのがアバターの特性だけだが、流雫もスピード重視に振った。戦闘力は低いが、その分撹乱する能力が欲しかったからだ。後は指と、画面の動きへの追従能力だけが頼り。
 名付けた名前はルーン。祖国の言葉で月の意味。ルナがラテン語だから、ゲームではフランス語にした。
「……アウロラさんはよく思わないけどね」
と流雫は言い聞かせる。先刻の悠陽の言葉を思い返していた。だが、自分が彼女とEXCで交わらなければいいだけだ。
「それも流雫のプレイスタイルだし、流雫は何一つ間違ってないよ」
と澪は言う。
 全肯定ボット呼ばわりされても構わない、ただ彼の思いの本質を判っていると云う、揺るがない自負が有る。その上で否定すべき理由が無い、それだけの話だ。
「……サンキュ、澪」
と流雫は言った。
 その場でチュートリアルだけ終わらせる流雫。しかし、MMO特有の動かし方に苦戦し、基本的な戦闘の練習でキルされた。
 筋肉を隠した細い身体は動かないが、画面だけが目まぐるしく動く。その違和感に引き摺られ、全く追い付かない。
 チュートリアルでキルされても問題は無いが、次からはそう云うワケにはいかない。恐らくアバターはプレイ毎に使い捨てになるが、それはそれだ。そのためにアバターのデザインを保存してある。
 ……望むなら、このアバター自体使うこと無く全てが収束してほしい。

 散々な週末に憂鬱な悠陽は1人、更衣室を出て家に向かう。
 昨日撃たれたコスプレイヤーは、未だ重体のままらしい。
 彼女とはEXCで知り合い、フォロワー同士になった。1ヶ月前の話だ。ボイスチャットで遣り取りをする中で、彼女と一度イベントで会うことになった。だが、待ち合わせ場所に辿り着く直前、全てを台無しにする銃声が聞こえた。それがコスプレにも影響して、全く楽しめなかった。
 ……私にはEXCしか無い。EXCこそ、唯一楽しめる居場所。
 何時もと同じようにログインし、白とオレンジの戦士をPCのキーボードで操る悠陽。日替わりのデイリーミッションを先にクリアすると、後は自分好みのミッションを選ぶ。
 だが、突然PvPモードに突入する。悠陽はチャットをトラチャに切り替えた。元はスマートフォンでのテキスト入力支援用に実装されたもので、トランスクリプション・チャットの略。簡単に言えば文字起こし機能だ。
「お前がアウロラか。スタークの顔に泥を塗ったな」
と画面に流れる。
 ……リアルでの報復をEXCで、フォロワーを使って果たす気か。
「誰がスタークの恋人になるか!」
と返した悠陽は、画面上での男の動きに目を向ける。だが、その後ろにも数人いる。
 ……公開処刑。そう思った悠陽は、武器の大型レーザーガンをアウロラに構えさせる。もし1体キルしても、キルされるまでフォロワーが襲撃する仕組みか。
「……どうすれば……」
悠陽は呟く。所詮ゲーム、しかしキルのされ方に大きな問題が有る。嬲り殺されるのは最悪でしかない。
 連中の後ろからやってくる、将軍風のアバターの男が悠陽の画面に映る。
「スターク……!!」
その名を口にした少女の表情は、怒りに満ちている。だが、最後に現れたアバターのマシンガンが火を噴くと、斃れたのは最初に悠陽に近付いた男だった。
「どう云うこと……!?」
予想外の事態に頭が追い付かない悠陽も、周囲の他のアバターと同じように、スタークの機銃掃射を浴びる。少女の脳がオッドアイの少年の言葉を蘇らせたのは、為す術も無く直撃弾を受け続けるアバターの体力ゲージが、残り1割を切った頃だ。
「ゾンビ……!!」
それと同時に、白とオレンジの戦士は膝から崩れ落ち、オレンジ色のケープに肉体を覆われたまま二度と動かなくなった。
 ……言葉も出ない。3ヶ月間、EXCの世界で戦ってきたアバターを、こう云う形でロストするとは。そして、流雫の言葉が正しいとすれば。
「……何が起きてるの……」
とだけ呟くのが精一杯だった悠陽はログアウトのボタンを押した。

 週明けの放課後。セーラー服に身を包んだ少女3人が、他愛ない話で盛り上がる。
「EXC、流雫くんも始めたの?」
と結奈が問う。
「アバターを作成しただけ。ペンションで忙しいから、滅多にログインしないと思うけど」
そう答えた澪に、彩花が
「……アバター同士で結婚式しちゃう?今のうちに予行練習として」
と言った、その瞬間ボブカットの少女は
「けっ……」
とだけ声を裏返し、頬を紅くする。
 ……澪の欠点。それは第三者から、流雫との恋愛で揶揄われると即座に撃沈すること。今までにも何度も撃沈してきた。
「彩花……澪は弱いんだから」
と言った結奈も笑いを禁じ得ない。
「2人して……」
と言う澪の目は笑っている。
 こう云う話で盛り上がれる今が、とにかく楽しい。結奈と彩花だけが、今の学校での味方。そして3人で過ごせるこの日常こそ、平和の象徴。

 3人は学校の最寄り駅で別れた。改札を通ろうとした澪の目に、ブレザーの制服を着た少女が映る。
「悠陽さん……?」
澪は思わず名を呼んだ。沈んだ表情で俯く少女は顔を上げ
「……澪……」
とだけ声に出す。そして、次の言葉を彼女が口にするより早く
「私……殺された……」
と続けた。
 立ち話程度で終わる話ではない、と思った澪は悠陽をドーナッツ屋に誘った。端の小さなテーブル席に座る2人の女子高生。
 ……スタークのフォロワーに襲われそうになった、その後ろからスタークが現れ、フォロワーもアウロラも皆殺しにされた。そう言った悠陽の言葉を、小さな手帳に走り書きする澪は、スタークについてSNSで調べ始める。
「その場にいたアバターは、全てキルされたわ……」
と言った悠陽の向かい側で、気になる投稿を見つけた澪は言った。
「……スタークも、キルされてます……」
その瞬間、悠陽は眉間に皺を寄せた。
 悠陽がアバターをロストする3時間前、スタークがキルされた。彼とミッションに同行し、同時にアバターをロストしたユーザがそう投稿している。
「やられた。全く歯が立たない。あんな敵ダメだろ。AIバグだ」
澪はその投稿をスクリーンショットに保存すると一言、
「ゾンビ……」
と言った。

 澪は、昨夜PvPやハンティングについて調べていた。
 PvPは、相手の決闘要求を承認して初めて成立する。一方的に始めることはできない。そしてハンティングは、短時間で連続してPvPを仕掛けることで条件が成立する。
 ……エネミーにキルされたアバターがユーザの手から離れ、それが何者かによって蘇り、ゾンビとして殺戮を始めた。
「悠陽さん、スタークの評判は……?」
「豪快と大胆が持ち味で人気だけど、一方でハンティングやコミューン破壊を繰り返してるわ」
と悠陽は答えた。
 コミューンを統べるマスターを失ったコミューンは、新たなマスターを決めるか解散するかの二択を余儀なくされる。コミューン同士のバトル機能も有るが、破壊するにはPvPを使ってマスターをキルするだけだ。そしてスタークはその常習犯だった。
「でももっと有力な可能性はチート。この前の2体と同じように。あくまで可能性でしかないけど、最も重い罪はチートだから」
と悠陽は続ける。
 ゲームの世界でも、人間の意志が集まれば行き着く先は必ず、弱肉強食の競争社会。ただリアルでの生き死にには無関係と云うだけだ。
 チートだろうと手を染めたい、そう云う連中もいる。全ては、EXCと云う世界で同じアバターで生き続けると云う欲望のために。
 その言葉に、澪の脳で線が結ばれる。そう、流雫が簡単に説明したゾンビのレシピだ。それがこのケースにも当て嵌まる。
「チートだとしても、強さこそ正義。それが度を過ぎて、スタークはエネミーに処刑された。そしてゾンビとして復活し、殺戮に走った。スタークのアカウントへの制裁と、ユーザへの見せしめとして」
「あまりにも出来過ぎじゃ……」
「あたしもそう思います。でも、死に神としての刺客がユーザのレベルとは桁違いなのは、AIのバグではなく処刑のためだとするなら……。謂わばEXCの浄化作用」
と、澪は悠陽に答えていく。
「EXCの浄化を狙った措置、としては遣り過ぎじゃ」
「浄化装置の裏に何か有る……?」
「……ラノベのネタにはなりそうね」
と悠陽は言い、澪は軽く笑う。原因はどうであれ、快適にゲームを楽しませるための浄化装置でしかない。そうであってほしい、と願いながら。

 放課後、流雫は学校の駐輪場でスマートフォンを耳に当てていた。美桜の死をきっかけに学校で孤立を選んだ流雫には、誰も近寄らない。尤も、近寄ったところで何語を話しているかすら判らないのだが。
 「一般論では、アバターに関する権利はユーザのものだ。だが、EXCはロストした時点でその権利を破棄する規約が明文化されてある。つまり、ロストとはアバターに関する権利を手放すことでもある」
と端末越しに聞こえるフランス語の主はアルス。フランスは朝だが、彼は昨夜遅くまで色々と調べていた。元々知的好奇心が旺盛な性格で、それが博識の源だ。
「権利面では、宙に浮いたアバターをオペレーターサイドで再使用しているだけか……」
「そうだ」
とアルスは返す。
「ゲームサーバのAIが処刑してロストさせたアバターを、ユーザとのリンクを解除した上でゾンビにカテゴライズする。そして、AIの操作によって他のユーザを襲うようになる」
 「何故AIだと?」
「人間には、それぞれ固有の癖が有る。どんなに成り済ましたところで、癖までは真似できない。俺とお前の間でさえもな。だが、AIなら癖を学習して、かつての持ち主を演じられる」
と答えるアルスに、流雫が更に問う。
「……だとすると、挙動がデータベースに蓄積されてる?」
「可能性は高い。何故そこまでする必要が有るのか、までは判らないが」
「他のNPCの挙動に反映させる程度か、それ以外の理由が有るのか……」
と言った流雫にアルスは溜め息をつく。
 「仕方ない、スターダストコーヒーのチケット5枚で、我が女神に守護の祈りを捧げてやろうか」
「で、アリシアには?」
「当然、俺からの奢りだと言うさ」
「絶対言うと思った」
と言い合って笑う2人。流雫が澪の前以外で笑っている時は決まって、アルスと話している時だ。同級生が決して見ない
「今から帰るんだろ?俺は今から学校だ。気を付けろよ」
「アルスもね」
と8時間の時差を越えた通話を切った流雫は、ネイビーのロードバイクに跨がった。

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