LTRP2-11「Secret Weapon」

 臨海署を後にした3人は、近くに建つ商業施設ダイバープラザに足を運んだ。流雫と悠陽に挟まれる澪は、自分が父と話している間に、2人の間で言葉が交わされなかったと察した。
 かつて、相容れない流雫と詩応が接近したのは、詩応が流雫に問い質したいことが有ったのと、不仲の本質に気付いていた澪の策略によるものだった。
 しかし、そもそも悠陽は自分から話す必要が無いと思っている。何から切り出せばいいのか迷う流雫も流雫だが。やはり、2人が言葉を交わすこと自体難しいのか……。そう思っていた澪に、悠陽は問う。
「澪、コスプレしてみない?」
「え?」
あまりの唐突な誘いに、澪は一瞬固まった。
「私はアウロラやるから、澪はミスティ……しない?衣装なら、私が用意するから」
アウロラの衣装は自作。尤も、自分のアバターだから販売などされていないのだが。1週間有れば簡単に用意できる。
 それほどまでに、悠陽は同行者を求めていた。澪の話が本当なら、もう一度アルバの残党に近寄られても不思議ではないからだ。そうなった時に護ってほしい……その思惑が見え隠れする。当然、澪には流雫がセットだから、万が一の事態でも安心だと思っている。
 「……いいですよ」
と澪は言った。
 味方として上手く使われているだけのように思えるが、そう思われていることは初対面の時から判っている。だが、流雫とのイベントデートが面白くなるなら、それはそれとして受け入れられる。

 3人は、リアルFPSと云うインドアアトラクションを見つけた。
 見知らぬ人と赤外線の送受信機を搭載した大型の銃で撃ち合うゲームだ。3回被弾判定を受ければキルされたことになり、失格となる。ブース内の障害物を駆使するため、猪突猛進では勝てない。
 今はEXCとのタイアップキャンペーン中で、アカウントを持っていれば割引になるらしい。悠陽は乗り気だった。その隣で、澪が
「流雫は……?」
と恐る恐る問う。流雫は
「澪がやるなら、僕も」
と答える。その答えに、澪は驚きを隠さなかった。
 ゲームとは云え、人を撃つことは変わらない。ましてや、実際に銃を持ってのものだ。抵抗感は拭えない。EXC以上だ。
 しかし、澪がアトラクションに興味を示している。それなら、誘いを拒否する理由は無い。それだけのことだ。
「判ったわ。でも、流雫だからって容赦はしないわよ」
と澪は言った。
 
 「流雫らしいわ……」
と言いながら、7分を要した1戦の最後に銃を返却したのは澪だった。8人での個人戦で、流雫は澪と最後まで残った。しかし、互いを知り尽くしているだけに、次の手を読むと下手に動けなかった。
 流雫は障害物のブロックに跳び乗り、次々と飛び移った。そうして撹乱すれば、澪にも隙が生まれると思った。だが、明文化されていなかったものの、流石にエンタメとしてのリアルFPSのルールに違反していたらしく、失格処分となった。
 ただ、それまでの動きは、何度もテロと戦ってきた時のそれと遜色無いことを、澪は知っていた。苦手意識を澪と遊ぶためで押し殺しているにせよ、流雫としては一歩進んだ方だと思う。
 悠陽は最多の3人をキルしたが、残り3人になった段階では最初に脱落した。相手の動きを読んだ澪と、個人戦にも関わらず彼女をサポートした流雫の的確なショットのコンビネーションには太刀打ちできず、1ダメージを負わせることすらできないまま沈んだ。
 先にキルされた5人も、唖然とした表情で2人を見ていた。
「あれが違反じゃなければ……」
「あたしもそう思うわ」
とカップルが言葉を交わす。あれが違反でなければ、流雫が勝っていただろう。澪ですら予測不能な動きをやってのける、それが宇奈月流雫なのだ。
 「ありがと、流雫」
と澪は言った。流雫が自分のために苦手なゲームに手を出し、それで楽しんでいたことが嬉しい。
 その様子が、悠陽には羨ましかった。同時に、少しばかりの劣等感に変わる。澪が流雫を中心に回っていることを思い知らされたからだ。
 希望だからこそ、不意に感じた外様感。ゲームやコスプレだけが接点なのは、あまりにも脆弱過ぎる。ただ、折角澪と流雫を味方に付けることができた。これ以上求めると逆効果になりかねない。
 もどかしく思えるが、悠陽は今を耐えるしかないことを覚悟した。

 ダイバープラザを後にした3人は、東京テレポート駅で別れた。悠陽の家は23区でも東端で、そのまま新木場へ向かうのだ。
 逆方向の流雫と澪は、最後に渋谷に寄る。美桜に会いたい、と流雫が言ったのだ。
 渋谷の慰霊碑の前に立ち、手を合わせる流雫。隣の澪もそれに続く。
「……悠陽さん、先刻のゲーム……あまりよく思ってなかったね」
と澪が言う。
「個人戦にせよ、澪がキルされるのだけは避けたい。でも天王洲さんにとっては、それが面白くなかった。僕が澪をアシストしたこと、釈然としていないハズ」
と流雫は言う。先刻のリアルFPSで登録した時に、悠陽の名字を知った。これでアウロラさんと呼ばなくていい。
 最後に残った2人が自分と澪なら、後はどっちが勝ってもいい。流雫はそう思っている。逆に言えば、2人になるまでは澪をサポートしたい。だから2人で悠陽を狙うのは、当然のことだった。
 「澪は天王洲さんをフレンドだと言ったけど、伏見さんのように慕ってるワケじゃない。あの人は澪を都合よく使いたいと思ってるから」
「じゃあ、流雫は悠陽さんからどう見られてると思ってるの?」
「澪とセット。澪が味方でいる限り、自動的についてくる。アルバのナンパの件も有るし、僕は男の時点でその程度の扱いだと思ってる。でも、味方は多いに越したことは無いからね……」
と流雫は答える。だが、それが外れているとは、2人揃って思ってはいなかった。
 澪は、最愛の少年の言葉が引っ掛かっていた。澪自身は別として、流雫が駒扱いされているとしか思えなかったからだ。それが自虐ではないことは、その口振りからして判る。
 「……じゃあ、詩応さんは?2人の間に面識は無いけど」
と問うた澪に、流雫が答える。
「澪との接点が有る限り、伏見さんも味方につけられると思ってる。澪と一緒にいる紅きシスターの存在は、既に知っているハズだし」
詩応も自分と同じ扱い、流雫はそう結論付けた。澪は怪訝な表情で問う。
 「悠陽さんがあたしをコスプレに誘ったのは、コスプレイヤーの同行者としてボディーガードが欲しいからでしょ?流雫もボディーガード扱いだし」
「でも、それより大きいのは、天王洲さんは澪のコスプレ相手として、澪に近寄ってきた伏見さんに接触したい。自分の味方にしたいから」
と答える流雫。
 乱暴な言い方をすれば、流雫と詩応、場合によっては真すら、澪をエサに自分の味方にしたい。形振り構っていられないのは、それだけ独りが不安だからだ。経緯は違えど、美桜や澪と知り合うまで孤独だった流雫には、その思いは判る。
 ただ、詩応にとって彼女の計算は地雷でしかない。そのことは、彼女と一緒に戦ってきた2人がよく知っている。名古屋からのボーイッシュな少女が悠陽の味方をするなら、それは澪のためだ。
「思い通りに行くとは思わないけどね」
と言った流雫に、澪は
「美桜さん……みんなを護ってください……」
と呟く。流雫を託される夢を見たあの日から、澪にとって美桜は女神も同然だった。

 EXCの開発者アカウントのリストから、美浜椎葉の名前が削除された。持ち主が弥陀ヶ原に頼まれた解析に当たっている間のことだ。
 ログインできなくなったことを知った椎葉は、菩薩のような表情を浮かべる。予想した通りになったからだ。
「露骨だな……」
と呟く椎葉は、スマートフォンに表示されるIDを入力し、開発画面に目を向ける。
 自分が手掛けてきたAIに再会した椎葉は、テスト環境モードの裏で新たなデータを実装した。このアカウントにだけ存在する特殊なデータ。これでダメなら完全に詰む。最初で最後の大きな賭けだ。
 挙動に問題は無い。テスト環境モード解除のコードを叩く椎葉は
「新宮……恩に着る」
とだけ呟き、エンターキーを押す。その瞬間、スマートフォンが鳴った。
 画面に表示される名は川端。動きに気付くには僅かに早い気がする。ただ、出ないワケにはいかない。椎葉が通話ボタンを押すと同時に、焦りと落胆の声が響く。
「プロジェクトリーダーが死んだ」
「……貝塚が……!?」
と、椎葉は眉間に皺を寄せ、血相を変える。
「池袋で事故を起こしたらしい」
通話相手がそう言うと、椎葉の頭で2つの点がリンクする。
 弥陀ヶ原からAI解析を頼まれたのも、事故に関する捜査の一環だった。まさかその当事者が貝塚だとは。
「お前、リーダーに歯向かっていたな。何か知ってるんじゃないのか?」
と川端は問う。椎葉は牽制する気で言った。
「栄光の剣。副理事長だったらしいな」
「……それは知っている。だが事故とは無関係だろ」
「俺が知っているのはそれだけだ。尤も、今日で開発部隊を離れるがな。お前は貝塚に可愛がられていたが、開発スキルも有る。明日からはお前が頑張れ」
と言い、椎葉は通話を切る。
 しかし、頭の整理が追い付かない。何杯目かのコーヒーを飲み干した椎葉のスマートフォンが、またしても鳴る、数日前に再会したばかりの刑事だった。

 臨海副都心を走る地下鉄に揺られ、家の最寄り駅に着いた悠陽は、家に帰り着くと早速EXCにログインした。バトルフィールドに立つアウロラを取り囲むNPCのエネミー。何時もと変わらないプレイ画面で、悠陽はキーボードを忙しなく叩く。
 ただ、何か様子が違う。一言で表せば、本来のゲームバランスを取り戻している。理由は判らないが、あのナンパ騒動以前の平和だった頃のようだ。
 軽やかなキータッチでエネミーを殲滅させる悠陽は、知らない。これが新宮が隠し持っていた秘密兵器であることに。

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