LTRP2-15「Will Of Charisma」

 ゲームフィールドから切り替わった画面には、サーバエラーと表示されていた。
「助かった……」
と安堵する流雫がアプリを閉じると、スマートフォンが鳴った。澪だ。
 「キルされなくて助かったわ……」
と口を開いたボブカットの少女。何が起きたかは知らないが、あと1秒遅ければカップルは同時にアバターをロストしていた。
 「……シュヴァルツが剣を引いた時、僅かに間が有った。多分、貝塚の死に動揺していたんだ」
と流雫は言ったと同時に、椎葉からのメッセージ通知が会話を邪魔する。
「少し待って」
と言った流雫は、そのメッセージを開く。そこには音声ファイルへのリンクが貼られていた。
「……一度切るよ」
そう言って通話を切った流雫は、ファイルを再生する。
 ……男女の会話を録音したものだ。途中で再生を止めた流雫は、澪にそのリンクを送り、続きを再生した。澪は恋人からのメッセージに目を向け、イヤフォンの上から耳を押さえる。
 流雫と澪は、とある事件がきっかけで逢沙と面識が有った。メタバースやハイテクに関する知識では、彼女の右に出るだけの存在を知らない。
「……これ……」
澪の背筋が震える。流雫の言葉が的中していたからだ。そして、一気に事件の本質に近付いた気がする。澪はスマートフォンの通話ボタンを押す。
 「……流雫の読みが当たってる……」
と言った澪に、流雫は
「でも、シュヴァルツは黒幕じゃない……」
と言葉を返す。澪は無意識に
「え?」
と声を上げた。
 「引っ掛かるんだ。或る意味黒幕ではあるけど、黒幕とは思えない……」
流雫の、矛盾していそうな言葉に、澪は問う。
「真の黒幕がいる……?」
「シュヴァルツの父親……だとしても不思議じゃない」
と流雫は答えた。椎葉と逢沙の会話を聞いていると、そう思う。
 千代と貝塚は、互いにエグゼコードシリーズを、EXCを率いてきた。当然、千代も栄光の剣の存在は知っているハズだ。
 理由は判らないが、仮に千代が黒幕だとするなら。貝塚が何らかの都合で邪魔になった可能性が有る。貝塚を息子の目付役に命じたが、問題が生じたのか。
「ただ、だからと千代が殺害を企てるワケじゃない。我が子の将来を鑑みれば、自分が罪人になるワケにはいかない」
と流雫は言う。澪がそれに続く。
「確かに、それなら栄光の剣から追放するだけで十分ね」
「その後任が早速決まった……?」
「川端と言ってたわね。これも千代の命令なのかな?」
と澪は言う。その線で合っている、と流雫は思った。
 恐らくは、椎葉ほどではないが優秀なエンジニア……、……エンジニア?
 流雫はサインペンを手に、近くに有ったノートに走り書きする。そして溜め息をついた瞬間、脳に小さな痺れが走った。
「……川端は千代サイド。そしてシュヴァルツに情報を流していた……?」
と流雫は言う。澪は声を上げた。
「え?」
 「ステータス情報やAIの挙動を教え、エグゼキュータ発動を事前に教えていた。美浜さんやスタークが川端をよく思わなかった理由の一つが、それだとすれば……」
「インサイダー行為は違反じゃ……」
と澪は言う。プレイヤーに有利な内部情報を告げ、また受け取ることを指す。椎葉と流雫も、ステータス情報の遣り取りをしたからそれに抵触する。
「違反だよ。だけど、あの連中からすれば別に問題じゃない。だから黙殺されたんだと思う」
と流雫は答える。見知った情報を外部に洩らさない限り、バレることは無いからだ。
 「……川端は貝塚に気に入られていた。逆に云えば、気に入られるように取り繕っていた。貝塚を監視するために」
と流雫は言った。澪は問う。
「監視?」
「貝塚が私欲に走らないように監視する。その貝塚にとって、美浜さんは厄介者でしかなかった。だから美浜さんを福岡に飛ばした」
「この週末に何か仕掛ける気だったのかな?来週のフェス前に」
と澪は言う。
 「それが上手くいったのかは知らない。でも貝塚は殺された」
「川端が殺した……?」
「千代が関与していないとすれば、川端が独断で実行したことになる。ただ……」
「もしシュヴァルツが黒幕なら、熱狂的なフォロワーが川端と共謀して実行した可能性も有るわね。でも川端の独断なら、どうやって犯人役を仕立て上げたの……?」
と澪は言った。
 ……求心力が有るワケでもないエンジニアが、何故人を動かせたのか。もし、報酬が絡んでいないとすれば、理由は一つ。
「シュヴァルツの意志。そう言えば犯人はノーとは言わないハズだから」
と流雫は言った。
 シュヴァルツの父親の部下、その立場を使って自分を側近だと言い、個人崇拝を逆手に取って犯行を唆す。後は専用の検証アプリをインストールさせ、操作を指示する。
「……一種の洗脳じゃない」
と言った澪に、流雫は
「崇拝と洗脳は表裏一体だからね」
と続いた。
 崇拝は、その対象に自発的に洗脳されること。例えば、カリスマを崇拝することは、カリスマに自ら洗脳されることを望んでいること。
 その言葉自体はアルスが言っていたものだが、敬虔な信者の言葉だけに説得力が有るし、流雫もそう思っている。
 ただ、同時に厄介なのは、疎外感への恐怖から逃れ、安心するために洗脳を望むことだ。他の大勢と同じであることに、フォロワーや信者であることに安心する。
 アウロラ炎上も、大多数は1人のフォロワーが起こした叩きに追随することで、周囲と同じであることに安心したかったからだ。その推測は何よりも簡単だった。
 シュヴァルツには無数のフォロワーがいて、一つの投稿に万単位の反応が有る。その意味では敵が多過ぎる。文字通り数がモノを言うからだ。
 だが、風向きは大きく変わるだろう……と流雫は見ている。悪には天罰が下る、などと言う気は無い。ナハトが全てを話せば、そうなるからだ。
 コミューン追放への逆恨みと殺人、それ自体はシュヴァルツに罪は無い。だが、それに至る経緯の説明は避けられず、結果疑いの目を向けられることになるだろう。何しろ事件から1週間が経ったのだ、既に全てを話しているだろう。
 全て隠し通してまで、ただゲームプレイヤーのカリスマと云うだけの人間を擁護すべき理由が、流雫には見当たらない。
「……色々フェスに飛び火しないといいけど」
と流雫は言う。何度そう思ったか。折角のイベントを平和裏に楽しめるのか、不安しか無い。だが、行かないと云う選択肢は最早存在しない。1人で行くワケではないからだ。
 澪も澪で、
「……どうなっても、あたしがついてるわ」
としか言えない。それ自体に偽りは無いが、何も起きないとは思えない以上、何が起きてもいいようにとベクトルを変えるしかない。
 そう思わなければいけないことに、色々思うことは有る。しかし、自分や流雫の力で未然に防げるようなものではないのだ。
 数時間前までデートしていながら、週末の最後に最愛の存在とこうして話せることに、2人は幸せを感じていた。
 
 EXCで発生したサーバエラーは、ゲームをプレイするどころかログインすらできない事態に陥った。
 こう云う時は全ての開発担当が総掛かりでリカバリを試みる。当然、椎葉も川端から助勢を要求された。しかし彼は断り、翌朝まで深い眠りを堪能した。
 要求されたところで、アカウントを抹消されている時点で何もできなかった。新宮のアカウントには入れるが、死者のアカウントで作業するのは怪しまれるから御法度だ。尤も、昨日の反撃と云う前科を棚上げしてのことだが。
 特定された原因は、オペレータAIの暴走によるゲーミングサーバのオーバーローディングだった。
 過負荷が掛かり続け、結果としてシステムがダウンした。そして厄介なことに、これが引き金となってゲーミングシステム全体に深刻なバグが発生し、更にはその状態が東京と福岡のサーバ間でシンクロされた。つまり、東京でリカバリしたデータを全て福岡のサーバにコピーしなければならない。
 椎葉を除く全員がオフィスや自宅でPCに向かい、キーボードを叩いているが、リカバリが想定以上に長引いている。日単位で時間を要するのは目に見えていた。オペレータAIだけでなく、システム全体の事実上のリニューアルを余儀無くされたことが大きい。
 東京に戻った椎葉がアカウントを失ったことは、既に開発部でも知られていた。貝塚がいなくなった今、アカウントは再設定の形で復活させることはできる。だが、椎葉は既に身を引く気でいた。自分がいなくても、EXCはどうにかなる。
 東京中央国際空港に降り立った椎葉は、殺気立つオフィスに顔を出さず、余っていた有給休暇を全て使う手続きをスマートフォンで済ませる。30分後の飛行機で着く逢沙を出迎えたのは、昨日の夜のデートの続き……ではなく、エクシスが直面している問題の整理のためだった。揃って空港のラウンジに入り、無料のコーヒーを手に、端のカウンター席に並ぶ。
 専用のSNSにすらアクセスできなくなり、ソーシャルメディアには不満や批判と経過報告を求めるユーザの投稿が殺到している。外部からの攻撃に陥落したものではないだけ、まだマシだが。
「フェス前に痛手だな……」
と椎葉は言うが、逢沙には他人事にしか聞こえない。
 恋人のエンジニアにとって、この混乱を使ってアドミニストレータAIを改悪されなければそれでいい。だが、それは叶わないだろう。
「……フェスね」
と逢沙は言い、赤い小さなノートに走り書きした。

 翌日の放課後。駅で結奈や彩花と別れた澪は、1分前に着いたばかりの悠陽に近寄る。昼休み、澪が誘いのメッセージを送っていたのだ。
 誰にも聞かれないようにと、ホームの端に立つ2人。悠陽は問う。
「何なの?」
「……栄光の剣の、何を知っているんですか?」
澪からの突然の、そしてストレートな問いに、悠陽は戸惑いの表情を露わにする。
 「この駅で悠陽さんを襲った犯人は、ゲームに触れたことすら無かった。通り魔なら、あたしを狙ってもよかったハズ。……悠陽さんが、栄光の剣について何か知っている。だから、シュヴァルツのフォロワーに狙われた……。そう思うんです」
と澪は言った。
 被害者にとってはセンシティブ。しかし真相を知り、彼女を護るためなら、腫れ物に触るような変化球を投げることはできない。
 悠陽は、1分近い沈黙の後で答えた。
「栄光の剣、私も信じているわ。AIが統べる世界は面白そうじゃない」

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