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自分自身の紋章としての栞



 harumieさんが制作される栞にひと目惚れしたのは、2018年の冬のこと。

 もともとharumieさんのおつくりになるアンティークのビジューによって紡がれる装飾品が大好きだったのですが、アクセサリーとブックマークがそれぞれの役目をおぎないあうことでさらにその美しさに輝きを宿し、その持ち主になったひとだけの物語を奏でてくれそうな栞を目にしたとき、夢のなかで思い描いていたもののひとつを現実に発見したような気持ちになったこと、よく覚えています。

 “アンティーク”を愛するかたから生まれたそれは、貴婦人がその栞を目印に優美な書物をそっとひらき、そこに綴られた文字を目でなぞるとその睫毛を密やかに閉じて、同時になんらかの秘密を忍ばせるようにその本の鍵をかける、そういう中世の物語の一場面のなかから出現したみたいな栞。



 去年の冬にお迎えしたリボン栞のモチーフをはじめて目にしたとき、そのビジューが蜜蜂のかたちをしているようにわたしには見えました。幸福の象徴、そして自らの巣を大切に護り、安全な豊かさのなかにある女王蜂のように。ロケットと十字架とともにわたしのそばでわたしを守護してくれる蜂のように。

 あとでお聞きすると、たしかにこのモチーフは蜂をイメージしたのだとharumieさんがおっしゃっていて、エミリ・ディキンソンの詩への祈りを託されたのだというお話でした。


To make a prairie it takes a clover and one bee,―
One clover, and a bee,
And revery.
The revery alone will do
If bees are few.
草原をつくるには クローバーと蜜蜂がいる
クローバーが一つ 蜜蜂が一匹
そして夢もいる―
もし蜜蜂がいないなら
夢だけでもいい
          
(「草原をつくるには」Emily Dickinson、中島完 訳)



 クローバーと蜜蜂と夢。ときに現実へのおおきな柱となる書物という空想のなかに、忍ばせる蜜蜂。


 わたしが最初にお迎えしたharumieさんの栞はロープ型のもので、深い葡萄酒みたいな、神秘の菫のような、月の女神の巫女であったアメジストのごとき色をしたこの栞を見たとき、harumieさんの作品のどれもがそうであるように、“アンティーク”という言葉のなかに隠される中世からの秘めごとを囁いてくれそうな不思議なときめきを感じました。

 ロープは百年まえのもの、ナポレオン三世時代のものをビジューのなかにふくませて、という説明を受けながら、そのときめきはますます高鳴り、そしてクローバーと蜜蜂と夢ではないけれども、そのように心に喜びをあたえてくれるものが自分自身の“草原”の養分となるものであることを知っているので、葡萄酒色で菫色で紫水晶の色をした栞を手もとにお迎えしたのがおととしのこと。harumieさんの栞にひと目惚れしてから、ちょうど1年越しのことでした。



 中世の貴婦人がその書物に忍ばせていた秘密のごとき栞。

 harumieさんがそれを中世の宗教画から着想を得ておつくりになったと知ったのは後日のことで、聖人たちが手にする聖書のなかに美しいブックマークがあることに目をとめて、それを念頭に置いて制作されたのだというお話を聞きながら、普遍的な美のなかにある“夢”をご自身の色とともに現実にあらわされたものに強い吸引力をもって心惹かれるのは当然のことかもしれないと、ますますその奥深さに魅了されたのでした。



 ヤン・ファン・エイクの受胎告知



 ヘントの祭壇画から洗礼者ヨハネ

 


 ヘントの祭壇画から聖母マリア



 これらの絵における美しい栞の意味。

 「ページに順番をつけることは神の秩序を乱すもの」として16世紀まで聖書にはページ番号がなかったとのことで、そこから栞の役割のおおきさが当時の宗教画にもあらわれていたこと、また栞はその持ち主である者の潤沢さ、知的水準、美意識などが当人の“沈黙”のなかでも一度にあらわれる特別なものであったこと。

 栞の文化はそのまま読書文化の繁栄をあらわすもので、読書文化が盛んなこととその国の豊かさはつながるものであったこと、そしてそれはその文化のなかにある個人にももちろんつながるものであったから、中世の貴族などはある意味自分自身の紋章として栞をつくらせ、自身の美的感性や教養などをそこに凝らし、忍ばせていたこと。


 harumieさんの栞は“アンティーク”という言葉のなかに香る、古い時代の「自分自身の紋章としての栞」をもつことの特別さを思い出させてくれる。自分自身のかたちを栞のなかにそっと凝らし、忍ばせて“お守り”としていた時代の名残を。その中世の浪漫、美意識のなかにある姿勢にわたしたちは想いを馳せるのだろうと。



 ずっと綴りたかったうつくしい栞のこと。





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