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小話❹


今回は出所したあとのことについて少し書こうと思います。

私は約5ヶ月ほどの仮釈放期間をもらい社会に帰ってきました。
もっともらいたかったのですが、、、他の人と比べると多い方なようです。

いざ自由になると食欲や嬉しさよりも怖さや自分の将来についての不安が大きく、悩みが尽きなかったことを覚えています。
長い人生のうちで失った3年間は、短いと思おうとしてもなかなか難しく、立ち直るのに時間がかかりました。
私が特に大変だったのは家族との関係です。
上部は仲のいい家族でしたが、私の性格のせいもあり大事なことは何一つ言えていませんでした。
そのせいか、出所してからも相談や話し合いができず、素直に自分の気持ちを言えないことが多々ありました。
言ってもわかってくれない、理解はしてもらえない、と諦めていたのかもしれません。
また家族にとっても辛い大変な日々だったことは十分わかっています。
尚更私の気持ちも理解してなどとは言えませんでした。

こんなに支えてもらった感謝の気持ちと、迷惑をかけた罪悪感が常にあり、
そんな家族の思いから逃げたくなる時もありました。
自分が死ねば家族も自分も楽になるのではないか、、、と考えたことも。

もともと、人に頼ったり、弱みを見せるのが得意ではありません。
家族の前で泣くことも苦手です。
そんな性格を変えたいと服役中は考えてきましたが、そう簡単には無理でした。
家族のことを考えると自分は幸せになっちゃいけない、自分の価値を下げるしかない、と、、、。

何度も怒られました。ぶつかり、喧嘩もしました。
中にいる時よりも辛く逃げ出した方が楽だと思うこともありましたが、
めげずに立ち向かい続けました。

兄弟とは今も微妙な関係です。以前のようには接してもらえず、ほとんど会っていません。
両親とはまだ蟠りはありますが普通には話せています。
何十年もこの性格と向き合ってきてすぐに変えることは難しいです。
でも、私のせいで加害者家族にしてしまったのでその思いは常に持ちながら生活して行くしかないのかなと思います。
息がつまりそうになることもあります。
でも自分で終わりにしてしまうようなことはないよう、心を強く持って生きていこうと思います。

重い話ですみません。
まだまだ前科者には風当たりの強い世間です。
戦っていくしかないのだと思います。

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