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備忘録1 タイのファンシータクシー

たまにふと思い出す出来事がある。

2007年から3年ほどタイのバンコクに住んでいた頃、タイ人の友人とタクシーに乗ったときのことを。時間帯やどこから乗ってどこへ向かっていたかは覚えていないが、乗りこんだ瞬間に「(やってしまった!?)」と心の中でつぶやいたのは覚えている。

その車内はシートと窓ガラス以外、天井からバックミラーまでピンクの小花柄の布と白いレースで覆われていたからだ。

多くのタイのタクシーは、グレーのフェルトのような生地や人工皮革の内装で、ネズミ色の空間なのが普通だ。だが、このタクシーは私が子供の頃に大好きだったサンリオの「マロンクリーム」の世界のようなのだ。

「マロンクリーム」とは、サンリオのうさぎの女の子のキャラクターで、グッズにはピンクの小花柄の生地が使われていて、私もお弁当袋などいろんなグッズを愛用していた。

その「マロンクリーム」の小花柄とそっくりな布が、車内一面に貼られていた。さらに、バックミラーの縁や窓ガラスと布の境目を、白いレースでぐるりと囲っていて、ディテールまでぬかりない。

昔、ドアノブや電話機など、ありとあらゆるものに手作りっぽいカバーをかけている家があったが、まさにそんな感じで、ファンシーな趣味のお母さんが出てきそうな車内だ。

ドライバーは30代後半ぐらいで、髪は少し長めだが清潔感のある人だった。身なりからは、こんな趣味があるようには到底見えない。

「なんでこんな風にしてるんですか?」と、友人が口火を切った。すると意外な答えが返ってきた。


「軍隊に行ってたからね。」


人懐っこい笑顔で躊躇なく彼は続けた。


「こうしていたらハッピーな気分でいられるから。」


まさかの「軍隊」というワードと、ハッピーでいたいという人間の本質に、二人とも次の質問が出てこず、「へえ、そうなんですね。」と応えるので精一杯で、そのあとの会話の内容はよく覚えていない。

人が敢えてそうするには必ず理由がある。

「どうしたら自分が幸せでいられるのか」

彼はこれをコンセプトに、この小さな空間に「ファンシー」を詰め込んで、私たちのような偶然出会うお客さんたちと一緒に街を走る。

もし、最初からアートとしてコンセプトを明確にされていたら、一瞬でもキワモノ扱いしなかっただろう。しかし彼の模索を想像すると、愛おしい空間の記憶でしかない。アートの域はとっくに越えて心に残り続けている。

「軍隊」の辛い思い出を昇華した結果が「小花柄」だったという理由を思い出すたびに、あそこは究極の癒しの空間だったんじゃないかという思いが強くなる。

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