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備忘録3 ステファンという名の野良犬(1)タイ

タイにいた終盤は、タウンハウスに住んでいた。
いわゆる長屋で、半地下、中二階がある三階建てをシェアして、私は二階に住んでいた。

私ともう一人の日本人女子以外は、タイ人デザイナーとアーティストのチーム、フランス人ジャーナリストがオフィスとして使用していた。

ある春先、日本へ一時帰国して戻った深夜、玄関先に明らかに野良の風貌の犬が寝ていた。

自転車のメンテナンスをしていたタイ人のデザイナーの子に、「犬!犬がいるんだけど⁈」と聞くと、「あぁ」とだけ帰ってきた。

その瞬間、この犬はすでにみんなに承認されてここにいるのだとわかった。

犬の名は「ステファン」。

その名前からは程遠く、痩せ細って歯は半分無く、おまけに鼻の上に貯金箱の口のような切り裂かれた傷痕があり、鼻腔が丸見えで、ボロボロの茶色い犬だった。

タイの野良犬=狂犬病

犬は好きだけど野良犬には恐怖心があった私は、他のタイ人と同様に、特にステファンに構いはしなかった。

ステファンはいつも日中寝ていて、たまに外に出て行き、いつの間にか帰ってきてまた寝るという生活をしていた。

ある日、ステファンの鼻の傷痕からすこしだけれど出血が見られた。

タイ人デザイナーが獣医の診てもらおうと提案し、友達の獣医の卵が来てくれた。

この辺は仏教国タイランド。動物を大切にすることは、徳を積むことになるので、野良犬であれ躊躇なく手を差し伸べる。

5人ほどでステファンの身体を抑えて点滴すること数十分。開放されたステファンは背中が液が溜まってコブのように膨らんだまま、逃げだすことなくキョトンと立っていた。薬ももらったので、パンに挟んで食べさせてやった。このとき初めて、ステファンに手から直接食べ物をやった気がする。

ステファンはきれい好きだけど、なんせきれいにする道具が自分の舌なので、野良犬特有の臭いが気になりだした私たちは、ステファンを洗うことにした。

犬用シャンプーを買ってきて、また4、5人がかりで洗ってやった。水が冷たかったのか、ブルブル震えていた。仕上げに私の古いタオルで全身と洗えてない顔を拭いてやった。

逃げないように繋いでいた紐を解くと、さすがに怒ったのかトコトコと外に出て行ってしまった。しばらく放っておいたが心配で外に出てみると、隣の音楽学校が、お坊さんを呼んで祈祷をしてもらったあとの食事会をしていた。

ステファンはそれを敷地ギリギリのところに立って、口を真一文字に結んで、無を装っているけど物欲しげな、なんとも言えない表情でじっと見つめて佇んでいた。

私が「ステファン、行こう」というと、とぼとぼと家へ一緒に戻って来た。

その晩、私はシャワーを浴びて寝る準備をしていたら、腕や脚にぶつぶつと発疹が出てきた。

始めは蚊に刺されたような痒みとぶつぶつだったが、それはみるみるうちにアメーバー状に連結していき、3〜5センチの発疹が両腕と両脚に広がっていった。
なにかヤバい病気かも!?と焦った私は、ステファンを一緒に洗ったタイ人に電話をすると、彼は何ともないよと。

私はタクシーで病院の夜間診療に行き、もらった薬を飲んで、なんとか痒みは治りその日は眠ることができた。

翌日、他のタイ人に聞くとみんな無症状で「タイ人は日本人と違って、もともと不潔だから!笑」と一蹴された。

つづく


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