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備忘録4 ステファンという名の野良犬(2)タイ

ステファンは日中ほぼ寝ている。

倒れた紙相撲の力士のように二つ折りになって、冷たい床を選んで寝ている。時折、死んでるんじゃないかと思い、お腹をじっと正視して呼吸をしているのを確かめていた。

ある日、タイ人のみんなで夕飯を屋台に食べに行こうとしたとき、門をすり抜けステファンも一緒に付いて来てしまった。

家と同じ通りにある屋台までの道のりを、みんなの間をうれしそうに蛇行して歩くステファン。テーブルに着くと、テーブルの下の私の足元に横たわり、おとなしくしていた。

しかし次の瞬間、店のおばちゃんが「コラ!!」と大声をあげて、角材でステファンを叩き、追い出そうとした。

私たちは慌てておばちゃんを静止したが、ステファンはびっくりして逃げてしまった。

そのときタイ人はおばちゃんに、

「(ステファンは)友だち!友だちだから!」

と言って止めに入った。

犬は友だち。

太古から人類が犬を生活のパートナーにしている血脈がここにあった。犬を所有物ではなく「友だち」と呼ぶタイ人のセンスが、ステファンの人権(?)を認めているようでうれしかった。

食事を終えて家に帰ると、ステファンは家に入れず門の前で待っていた。

別の日にも、近所のおしゃれなカフェに友人と行ったとき、ステファンが付いて来てしまったことがあった。

蚊に刺されるから店内で食事をしたかったのに、仕方ないので外の席にした。そのときもステファンは足元におとなしく横たわっていた。料理が来ても一度も欲しがらず(もちろんやらなかった)、じっとそばで寝ていた。

ステファンはもしかしたら前世がタイの王族かお坊さんだったんじゃないだろうか。今、人間に変身したら高齢の紳士になるんじゃないだろうか……。

などと想像していたら、ステファンは起き上がってトコトコと奥の方へ歩いて行き、何かをじっと見つめていた。

名前を読んでも戻ってこないので見に行くと、ステファンの目線の先には厨房があって、おばちゃんたちがカタカタと鍋やフライパンを鳴らし、調理をしていた。

以前、隣家の食事会を見つめていたときと同じ、なんとも言えない表情で、じっと見つめていた。

また追い出されてはかわいそうと思い、おばちゃんたちに「これ、うちの犬」と伝えて戻ろうと促すと、しぶしぶ付いてきてまた足元に横たわった。

ステファンのこの、距離を保ちつつじっと視線を送り続ける行動は、安全を確保しながら見つめていれば、人間が何か食べ物をくれた経験があったから続けているのだろうか?

こういうステファンの処世術のようなものには、本当に世渡り上手の賢い犬だと感心させられるが、ボロボロになった体を見ると痛々しくてたまらなかった。

「満身創痍の礼儀正しいおじさん」

私はいつもそう思ってステファンと接していた。

つづく


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