見出し画像

#105 絵日記10枚分の日

休日朝の7時半。早めに起きたのにどうしていつも焦るのかよくわからない。身支度もそこそこに3人分の水筒に飲むものを入れ、逆さにして漏れないことを確認。洗濯機からシーツを引っ張り出して干す。ちょっと日向に出るだけでくらくらする。じっとしない息子を捕まえて日焼け止めを顔の上半分に塗ったところで夫が戻ってきた。もう車を前に停めているから急ごう、と言われて全部が中途半端なままえいっと帽子を被り、バッグを掴んで飛び出す。

暑い風に煽られながらトランクに荷物を積んで、何か忘れている気がするけど息子がちゃんといることをもう一度目視して出発する。それもいつものこと。

いつもと違ったのはその日がちょっと良い日になったことだった。

わたしたち夫婦はあんまり計画性がない。
もう少し丁寧にいうと、休日の予定を前もって綿密に立てるのが下手なんだと思う。気まぐれに夫が練ったプランを遂行すると、大抵どこかで「全速で走って移動する」パートがある。どうも2人揃って時間の見積もりが甘いようで情けないところ。
というわけで大体の週末のお出かけは行き当たりばったりで進むことになる。

その日の前の晩、お風呂から上がって髪を乾かしていたら夫がやってきて「明日、7時半出発でもいい?」と訊いてきた。「え。早すぎない?」と一応答えたけれど、きっと明日は7時半に大騒ぎで出発するんだろうなとぼうっとしながら思う。果たして翌日、早起きしたのに車の中であれを忘れた、まだこれやってないだのとなる。


目が痛くなるほどよく晴れた朝、高速は少し混んだけれど予定の時間に到着した。海なんて久しぶりだった。と言っても夫のビーチラグビーについて来ただけなので気楽なもので。別に浮き輪や本やを持ってきたわけでもない。

体力あるなぁ

海水浴向きのビーチじゃないけど暑すぎるもんで、一応水着の息子と波打ち際まで行って遊んだ。立っているだけで気が遠くなるような陽射しだったけど、風と波は冷たくて案外心地良い。初めは砂を嫌がっていた息子も、同じように応援に来た子供達とさんざっぱらワカメや貝殻を集めて満足した様子。試合を終えた夫とシャワーを浴びてビーチを後にする。そう、サクッと終わるのが良いのだ。

東京の従姉妹から唐突に「おばあちゃんちに遊びに来ているの」と連絡があったので帰りに祖母の家に寄ることにした。「よく生き急いでいると言われるけどそんなことない」という彼女はまだ20代前半、フットワークが恐ろしく軽い。昨日会社終わりに22時までフットサルをしていたけど大阪来ちゃった、とかサラッと言う。もう全然驚かないけど笑ってしまう。さいきん仕事忙しいんだけどね、新人教えなくちゃいけないし、でもクッキーも焼きたいし、ネイルもしたい。飲み会誘われるし、ほんっと寝る暇ないのーだから彼氏別にいらないんだ とか好きなこと言ってていいなぁ。会うたびに綺麗になっていく素敵な彼女。
祖母の家で先にアイスティーをご馳走になっていたのに、なんか頼まなくちゃねぇとカフェでおやつも平らげてしまうそのエネルギーをわたしにも分けてくれまいか。

楽しい時間はあっという間に過ぎる。
今日は祖母の家に泊まるという彼女を送り届け、わたしたちも自宅に向かう。
途中のスーパーでカートを押していると両脇からすごく要らなさそうなものがどんどん追加されるけどもはや見ないふりで進む。結局今夜のメニューが決まらないままレジに到達してしまう。
ご飯作るの腰が重いなぁと思っていたら、電話が鳴って知り合いに夕食に誘われた。
全くわたしたち家族はワカメみたいにゆらゆらとしている。
潮風でベタベタの肌のまま行きつけの小さなレストランに着くと、初めましての人も含めもうみんな揃っていた。わいわいと美味しい料理でカウンターがいっぱいになる。柔らかなオレンジの光の中で誰かのジョークに笑ったり、きれいに取り分けられた小皿を隣へ回したり
酔ってないのに視界がぼやける気がするのはなんでだろう。
子供達が花火をしたいと言い出して、誰かが買いに行ってくれた。
お開きになった後何人かで近くの公園で花火が始まる。
今スイミング何級なのーとか、あすこの散髪屋さん丁寧でいいよ、看板犬が賢くて、とか他愛のない会話が夜空に吸い込まれていく。


まるで夏休みを凝縮したみたいな1日だったなぁと話しながら3人自転車で帰る。
まだ夏休みじゃないのに絵日記10枚くらい書けそうだねと笑う。


いろんな幸運と幸福がきっとどこか細いところに詰まっていて
急に何かが外れて一気に流れ出たんだろうな、と思いながらいつもより丁寧に髪を洗った。泡が足元にぽとぽとと落ちる。

息子の髪を乾かしていたら、夫が「明日、7時出発でもいい?」と訊きに来た。「へ」と声にならない返事のわたしに「冗談だよ、明日は9時まで寝よう」と言ってみんなで冷たいお茶を飲んだ。

もうすぐ梅雨も明けるのだろう。
やれやれ、長い夏休みが始まりそう。

るる



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?