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家に帰って映画を観よう〜老いてこそ恋に狂う〜

新作の公開が次々と延期になる今、録り溜めてあった映画を着々と消化中。

今回見たのは、2013年の映画「鑑定士と顔のない依頼人」です。

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原題は「The Best Offer」。時折、日本版の題名が「なぜ?」と感じることがあるけれどこれもご多聞にもれず。
意味としては、最高の言い値ともあり、オークションの用語では「値下げ交渉機能」のことを指すそう。主人公のヴァージルの職業(オークションでの見事なコレクター捌きが有名な名美術鑑定士)にかけられているのかな。

主人公ヴァージルは潔癖で人嫌いの美術鑑定士。その腕は一流で、長年美術品を扱う競売で活躍している。

ただ、友人で画家崩れのビリーと組み、競売にかけられたお目当ての品(主に女性の肖像)を安く競り落として自宅のコレクションにする、という裏の顔も持っていた。
そのコレクションは、自宅にある隠し部屋の壁一面に飾られ、その全てが女性の肖像画。ヴァージルは生身の女が苦手だという一面も持ち合わせていた。

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自慢のコレクションに加えるため、時には大衆を欺き真贋を惑わせて安値で買い叩いていたヴァージル。
そんな彼のもとに、両親の遺品の美術鑑定をして欲しいと「クレア」と名乗る女性から連絡が来る。
最初は取り合わなかったヴァージルだったが、美術鑑定士の純粋な好奇心からか、それともクレアとの会話に導かれたのか、屋敷に赴く。

ただクレアはなかなかその姿を見せず、次第に苛立ちと疑念を募らせるヴァージル。ところが彼女は広場恐怖症という病気を患い、人にも会わずほとんどの時間を自室で過ごす作家であるということがわかり、興味を持ち始めた。

この作品には恋愛対象を虜にしていく、見事なセオリーが詰まっているのです。 そして地位も名誉もお金もある老人が、これまで知らなかった恋愛に見事にハマっていく様が描かれているのです。

①見えそうで見えない、焦らしの仕上げは「セクシーボイス」

2人のやりとりは冒頭、電話でのみ行われる。ヴァージルはスマホを持たないことで有名で、仕事のやり取りも全て秘書に任せているのだけれど、たまたま取った電話で、クレアのセクシーボイスに触れてしまう。
それから会うと言いながらもドタキャンしたり、いるのがわかっているのにその姿が見えないなど「焦らし」のオンパレード。
潔癖で人嫌い、生身の女が苦手だというヴァージルは失礼な女の態度に烈火の如く怒るのだけれど、これは「見えそうで見えない」ことへの焦りから来るものだったかもしれない。
見たい、会いたい、一眼でいいから姿を拝みたい。これってもう恋ですよね。
ただし、いざご開帳となったときのインパクトは相応にないと逆に「落胆の怒り」を買うことになるので発動には注意が必要。

②焦らしに並行発動されるのは、「気まぐれな猫気質」

クレアが篭りきりの屋敷の中の一室の前、扉を隔てて交流するヴァージルとクレア。
殊勝に「除いてはダメですよ」という鶴の恩返し方式の約束を、いじらしいほどに守るヴァージルは、粛々とクレア所有の美術鑑定を進めていくのだけれど、クレアは扉越しに売ると言ったり、突然売らないと言い出したり声だけで翻弄していく。
さらにはいつでも来ていいと信頼した顔を見せたと思ったら鍵を新品に変えて締め出すなど、まるで子供のワガママのようにヴァージルを振り回す。
ヴァージルの態度に突然気が触れたように怒ったと思ったら一転、猫撫で声で謝罪の言葉を繰り返したりもする(これはDV気質とも言うのか)
この猫も引くような気まぐれな態度に、ヴァージルはメロメロになっていくのだ。
そしてついに、決して人と会おうとはしない彼女の隙をつき、その姿を目にするチャンスを得ようと大胆な方法に出てしまう。
帰ったふりをして屋敷に戻り、安心して部屋から出てくるクレアを彫刻の影から息を殺し、じっとりと見つめる老人の目。狂気に満ちたその目は興奮に輝いていく。
そう、実際に見たクレアは予想以上に若くて美しく、その姿はヴァージルの脳裏に深く絡みつくことになったのだ。

③仕上げは失踪、ときた

もう恋に狂ったヴァージルの、ブッ壊れた感情のブレーキは止まることを知らずエンジン全開。
彼は仕事も円熟期を迎え余生を穏やかに過ごすはずだった日々を、今度はクレアに捧げる決意をした。
ようやく部屋から出られるようになった彼女を献身的に支える覚悟をするヴァージル。プリティウーマンよろしく、高価なドレスを購入したり、美しい指輪を選んだり、化粧品を買い求めたり、自分好みに彼女を変えたい、と言う傲慢に近い愛情を惜しげもなく見せつけるヴァージル。
徐々に心を開きつつあったクレアとの穏やかな日々は突如、彼女の失踪事件とともに音を立てて崩れ去る。
身も心もボロボロ、一心不乱にクレアを探すヴァージルは唯一の誇りであった仕事にも支障をきたすほどに参っていた。
ようやく見つけた屋敷の屋根裏で、クレアを抱きしめ二度と離さないと誓うヴァージル。
もう恋愛中毒一丁あがりです。

・・・ただ、これまで人を寄せ付けず、潔癖ゆえにいつも手袋をはめて孤独で贅沢な食事を慎ましく食べていたヴァージルから一転、人間らしく取り乱す彼の顔は魅力的にも映る。

④今の定番、ありの〜ままの〜

ヴァージルは寸分の乱れもない身なり、黒く染め上げた髪。身嗜みにも気を使い、オークションでの所作は流れるように美しい。
ただそんな彼の信念はクレアの一言で簡単に翻る。染めた彼の髪を「不自然だ」と嫌悪するクレアの言葉に、元の白髪に戻す涙ぐましい努力の男、ヴァージル。それはそのまま「自然なあなたでいて」と言うアプローチに聞こえる。
ついにはヴァージルは片時も話すことのなかった手袋ですら脱ぐようになってしまう。
鉄壁の身なりで守っていたヴァージルの心を開いたクレア。ヴァージルは自分が彼女を変えたいと思いながら、自分が変わっていることに気付いていただろうか。
やがて彼は、社会生活に支障のある彼女のもとにずっといようと決意し、出張を伴う仕事は極力キャンセル、ついにはアート界から身を引くと決めるに至る。
自分の世界が固まっていて、何不自由なく暮らしてきた1人の男が、習慣を捨て、信念を変え、他人のために生きることを選ぶ。この変化に一番驚き清々しく思っていたのは、彼自身だったのではないのか。
それは充実した人生への、大いなる期待とともにヴァージルの晩年を鮮やかに彩る、はずだった。

-ラストまでネタバレするので、知りたくない人は読まないでください-

ラストだと決めたロンドンでの仕事。その功績を称える拍手に見送られ、友人ビリーとハグでお別れをし、急いで帰ったヴァージルを待ち受けていたのは愛する女ではなく、隠し部屋の膨大なコレクションが跡形もなく持ち去られた我が家だった。

クレアの姿は忽然と消え、彼に残されたのは画家崩れの友人ビリーが描いたクレアの肖像のみ。それは以前、クレアから「母親の若い頃の絵」と言って見せられたものだった。
昔の美術品だと偽られたニセモノは、長年友達だと思い、二流作家だと断罪したビリーの手によるものだった。

一流の観察眼を持ち、その知識と経験で名鑑定士の名前を欲しいままにしてきたヴァージルは、画家としての腕を決して認めなかった友人の、壮大な「贋作の愛」を見抜けずに全てを奪われた。

まぁ正直こういったラストは薄々は気付いていました。
老人と若い娘の恋愛。いくら娘に精神的な問題があろうとも、昔の恋愛で大きな傷を負っていたとしても、無理はありあり。
が、結果的にはほとんどの主要人物がグルというまさかの展開。首謀者は贋作の裏に嘲笑うかのような嫌らしいセリフを書きつけた友人ビリー。

ビリーはヴァージルが画家としての腕を認めなかったために、画家の夢を諦めてヴァージルの詐欺紛いの悪事に手を貸したことを長らく恨んでいた?のか?ただ、それってお門違いではないのか?

ビリーとしたら、確かな審美眼を持つヴァージルに批判さえされなければ、画家としての未来があったかもしれないと思うのは勝手だけれど、あまりにもワガママだし、これは逆恨み。

そしてヴァージルの愛情を欲しいままにしたこの贋作愛の主人公であるクレアが、なぜこの計画に加担したのかが謎。まだ彼女が過去にヴァージルが絡んだ何かで恨みを抱いており、ヴァージルに一泡吹かせたいビリーと利害が一致したと言うのならばまだ納得できる。けれどそんなエピソードは語られずじまいだった。

もしかして売れない役者とかなのかもしれないけれど、クレアの役どころはヴァージルを虜にし、その上で身も心も一度は許さなければならない重要なもの。
絶対にしくじれないこの役をなぜ縁もゆかりもない彼女にやらせたのか。

正直ここのところが釈然としなかった。

他にもヴァージルは人との距離感が独特で、あまり心を許さないたちであると予想されるのに、機械職人のロバートのことはわりと簡単に信頼を寄せるようになる。
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※いかにもなプレイボーイのロバート。それを見込んで恋愛相談を「友人の」話として持ち込むヴァージル。中二病か。

長い付き合いなのかと思っていたけれど、壮大な仕掛け人の1人とするならばそこまで深く長く付き合えたようには思えない。なぜ彼は信頼を勝ち取ることができたのか。

どれもこれも友人としてすぐ隣でヴァージルを見てきたビリーだからこそ、そのツボを容易に想像できたのか。
ちょっと納得がいかなかった、どなたか教えてください。

ラスト、落ちぶれて何かもかも失ったことを悟ったヴァージルが、クレアが語っていた思い出のレストランを訪れ、「待ち合わせだ」とウエイターに言いながら1人、いつ来るともしれない女を待ちわびた顔は人々の喧騒に沈んで終わる。

そのままクレアと知り合っていなければ、もしかしてヴァージルは漫然と仕事を続け、女たちの名画に囲まれながら孤独で安穏とした晩年を過ごしていたかもしれない。

それはクレアとの愛の時間を知らない自分。 何が良かったかなんて死ぬ瞬間ですらわからないのだろうけれど、彼の人生の彩りとしては、良くも悪くも大きく色を添えた事件であったと言える。
それはきっと、どんな名画からも感じなかったエクスタシーを彼にもたらしたものだと想像する。

ヴァージルの光と影がくっきりとラストシーンに込められている。
喧騒の中、何を思い、何を待つのか。
人生の一番を飾る彼の記憶は、結局はクレアとの愛の日々、そして絹のような肌をこの手に抱いたあの感触、であることは間違いないように思う。

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画像は全て「allcinema」さんのものを使用しました。

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