「ひだまりが聴こえる」を原作、映像それぞれから語ってみる回
現在テレ東で放送中のドラマ「ひだまりが聴こえる」。
ジャンル分けをするのならば、BL作品ということになろうかと思うのだけれど、全体を包み込む雰囲気が恋愛ストーリーにとどまらないところが広く支持されている。
ドラマは今EP8まで放送済(2024.8.22現在)、U-NEXTでは地上波よりも先行して一週早く最新話を視聴可能。こういうの最近多いなー。
このドラマは主役である大学生二人が惹かれ合う話。
高熱が原因で高校生から難聴となった航平が、声がよく通る同級生の太一にノートテイクを通じて次第に惹かれていく様子が描かれる。
難聴となったことで次第に周囲と壁を作るようになった航平は、真っ直ぐで素直な太一と出会い、その明るさに引きずられるように周囲と溶け込むようになっていく。
原作は同名漫画「ひだまりが聴こえる」
今回ドラマ化を受けてコミックスも読んでみたけれど、ドラマを見ている人でもまだ最初の一冊はすでに放送済みのエピソードまでなので安心(その後が描かれる続編がこの後何冊か続く)
ちなみに映画もこの一冊のエピソードまで。ドラマの後半はネタバレしないので今見ている人でも安心して観られますよ〜。
ドラマ編で主役を演じるのは、ドラマ「下剋上球児」でバッテリーを組んでいた中沢元紀さんと小林虎之介さん。高校球児だった姿からは一転、大学生となった二人はこの「ひだまり」の世界によく合っています。
ドラマが始まってから知ったのですが、この漫画はすでに映像化されていて、それが2017年に公開された映画「ひだまりが聴こえる」
映画では、航平役は多和田秀弥さん、太一役は小野寺晃良さん。ドラマと比べると太一役の小野寺さんは漫画に近いキャスティングという感じがします。少年のようなあどけなさが残る雰囲気。
航平役の多和田さんは、今期のドラマ「シュガードッグライフ」に出演中。
大学生が恋する人懐っこくて天然な警察官を演じています。柔らかな表情なんかは映画の時から全く変わってない。イケメンだけどどこか物憂げで人を寄せ付けない空気を纏う青年、航平にも多和田さんはピッタリ。
今回、原作漫画、映像化されたドラマと映画を比べながらさらに世界観を深掘りしていこうと思うので、全く見ていなくてネタバレ絶対嫌だという方はここまでで!
ストーリーの流れ
難聴である航平はひょんなことから知り合った太一と、ノートテイク一回につきお弁当ひとつという約束を通して一緒に過ごす時間が多くなる。声が大きくよく通る太一と話すのが楽であると同時に、その真っ直ぐで素直な人柄に惹かれていく航平。そんなある日、友人ヨコを通じて知り合ったミホが航平のことが気になっていると太一に相談してくる。航平が難聴であると知ったミホはハマっている物語の主人公みたいだとはしゃぐが、太一はそんなミホを一喝してしまう。ミホのことで太一が自分に隠し事をしていることを知った航平は改めて自分の気持ちに気づき落ち込み太一を遠ざけようとする。航平の態度が理解できない太一は「わかりたいんだ」と詰め寄るが・・・
この大きな流れは、ドラマ、映画ともにほぼ同じ。映像化は改悪などが話題になりがちではあるけれど、映像化に際しては漫画の世界観を大切にしていることがわかる脚本であるように感じる。
出演者たち
ドラマ、映画ともに主役は冒頭に述べた通りだけれど、ドラマを見る限り脇役にも有名な方が出ているという印象。学生同士の話なので学生役では若い俳優さんが出演しているけれど、航平の母親役で西田尚美さん、太一の祖父役にでんでんさんと深夜帯のドラマにしては豪華な配役。
そして映画ではなんと、航平の母親役として高島礼子さんが出演している。航平の母親は、この物語の肝である「めちゃくちゃ美味しいお弁当」の作り手であることと、航平と太一をつなぐ重要人物の一人であるために映像化にはこだわりを持って配役したのかなーと思える。映画ではこっそり井桁弘恵さんが手話サークルの女性として出演していたりする。
ちなみに太一の祖父役はドラマで初めて登場してきた。映画では話だけで姿は出てこないし、基本的には太一の自宅のシーンでも町内の旅行に行って不在などで登場しない。ドラマ化するにあたって、太一の自宅でのシーンも多く盛り込みたいために配役されたのかなという印象。でんでんさん、あんまり料理が得意じゃなくて昔気質の大工という役柄、すごく似合ってる。
モノローグのバトン
映像化するにあたり、大きな違いは冒頭。
映画では、航平のモノローグで始まり難聴になった航平の世界から始まる。そしてモノローグの語り手は航平が主であり、航平から見た太一という視点で進んでいく。
その際に象徴的に使われるのがカーテン。カーテンのこっちと向こうとで航平の世界が健常者とくっきり分かれていることが繰り返し描かれる。それが太一との出会いでどう変わるのか。
一方ドラマでは、EP4で登場する二人ともずぶ濡れのシーンが冒頭にきていて太一のモノローグから始まる。視聴者はこの二人のやりとりがどんな流れでたどり着くのかを想像しながらドラマを見ることになる。一方、映画の冒頭で語られた難聴になった航平の静かな朝のシーンはEP2で登場する。こちらは航平のモノローグ。モノローグが転換することで、お互いが心の内を語ることになる。それぞれの事情が交互に現れ、より二人のことがわかる仕掛けになっている。
この視点の転換が映画とドラマの違いではないかと思う。映画は始まったら終わりまでは通して語られるが、ドラマは一話24分で一旦切れ目がくる。連続した話であるものの映画よりもEP5までのトータル時間は長い。
映画では航平の視点が主で、こちら側は航平とともに太一を見る側になるが、ドラマではお互いの視点でお互いを見ることになる。それも丁寧に描かれていて視聴者が作品に没頭できる要因になっているように思う。ドラマではより、キャラクターがより深掘りされている。
ハンバーグのエピソード、聴こえた?
ハンバーグのエピソード。見た人にはわかると思うけど、ある日のお弁当がハンバーグであった時太一は「結婚したいくらい好きだわ!」と宣言する。このことで航平は母親に美味しいハンバーグ弁当をリクエストし、逆に母親からあなたが作ったら、と言われるというエピソードにつながっていくのだけれど、もう一度ハンバーグ弁当に遭遇した太一が自分の気持ちを吐露するシーンがある。これが漫画・映画、ドラマにちょっとした差がある。
その前に!ドラマを見ていると、航平のちょっとした心の動きを表情で魅せることが多くてすごく感動する。
航平はとにかく太一の「美味しい」が大好きで、その言葉を聞きたくて仕方がないのだけれど、母親と二人で夕飯を食べているシーンでも美味しいと感じた時に頭の中に太一の「美味しい」が浮かんで微笑む、という繊細なシーンを作っていて感心した。中沢さんの演技力もさることながら、語りすぎないシーンは最近あまり見られない気がして斬新。すごく好きなシーン。
話を戻して・・・ハンバーグが好きだという太一のために、航平は母親から教わったハンバーグ弁当を作り(これも種明かしは最後にあってこの時点で航平作であることは視聴者にはわからない)太一はそれを食べほっと心が開いて、自分の本当の気持ちを吐露する、というシーンがある。
その時、航平は太一の「美味しい」を聞いて安心し、ノートの見直しをしていて太一の告白が聞こえていなかった。語り終わってから航平から「何て言ったの?」と聞き返され、恥ずかしくなって「なんでもねーよ」と太一は照れながらはぐらかす。
ここは太一の人柄からしたらとても自然な反応ではあるのだけれど、漫画と映画では太一から言われた「聴こえないのはお前のせいじゃない」という言葉に感動していた航平は寂しく思うところで終わる。
がドラマでは航平は食い下がる、その言葉がとても嬉しかったと言うことを伝え、太一もそれに応えてもう一度話すというシーンに繋がっていく。
これってとっても大きな違いだ。
漫画や映画では、太一の両親が離婚したことに対する本音は伝わっていない。けれどドラマで航平はそのことを知っている。
これって関わり方やお互いのキャラクターの肉付ける上でもかなり差が出るのではないだろうか。そういう意味でも、太一と航平のキャラクターは時代に合わせてなのか少し変化し、濃く色付けされているように思う。
重要人物ミホちゃん
途中、重要な人物として登場するミホちゃん。太一の友人ヨコのいとこで航平のことが気になって、仲良く見えた太一に色々聞こうと会う約束をするという役どころ。
ミホは航平が難聴であることを知ると、自分の好きな作品である「リングベルの神様」と言う作品に当てはめて自分も主人公になったみたい!とはしゃぐ。それに苛ついた太一が一喝し、ミホとは気まずくなってしまうのだが、このことを航平に言えない太一。
ところがひょんなことからミホと太一が二人で会ったことを知り、気になって問いただす航平に対し、頑なに言葉を濁す太一。そのことで気まずくなってしまう二人。
太一は、耳が聞こえづらいと聞いて物語みたいだ、耳が聞こえない可哀想な彼を助けるヒロイン素敵!とはしゃいだミホのことを航平には言えないというだけなのだけれど、疎外感を感じて心を閉ざしてしまう航平。
漫画や映画では、太一はこの時の航平のことを自分なりに考えて考えて答えに辿り着く。航平は、太一がミホのことが好きで二人の邪魔をしたくないと考えたに違いない、あいつはそういう奴だと。
ただドラマでは太一は恋には無縁なキャラで天真爛漫ゆえに航平の気持ちにはやや鈍感である。そのためなのか、航平の思いに気づくのはカフェ店長からの助言があったから。これは太一の将来も見据えた上で、人との関わりで気づきを得ていくという展開を盛り込みたかったのかもしれない。
人からの意見や助言を素直に受け取れるのが太一のいいところでもあるしそれがよく表れている。
航平が心を閉ざしていく過去
航平は中学卒業と同時に難聴となり、高校生活から補聴器をつけることになる。その際に医者から提案された「障害者手帳、作りますか」と言う言葉や、同級生たちの面倒臭そうな反応、その上、なんでもないことでも可哀想だから、大変だから、と手を差し伸べられることで傷つき、徐々に心を閉ざすようになる。
ある日同級生からは「声が変だね、風邪ひいてるの?」と言われショックを受ける。難聴に対するコンプレックスが膨らみ、だからと言って可哀想だと同情されることにもうんざりし、悩みを深める航平。
その上、ノートテイクで女生徒とトラブルとなり、そのせいで先輩からも目をつけられるようになり、孤独感は増す一方。
ただドラマでは、これらのエピソードはほとんど出てこない。この辺りは配慮されたのかもしれない。
このドラマを通じて伝わってくるのは「ああいう人たち」と括ることで傷つく人たちがいる。何気ない言葉が暴力になる可能性があることということだ。
大変だろうからと心を寄せているつもりでも、実は相手を傷つけることがある。これは誰しも気づきを得られることじゃないだろうか。実際自分も悪気なく人を追い詰めていることがあるかもしれない。
太一の声が聴こえない・・・
ドラマにはなかったけれど、映画の中で好きなシーンがある。
それは航平の難聴が進み、聴こえが悪くなってしまったというシーン。もちろんドラマでも描かれていて、耳鳴りがそのサインとして現れるのだけれど、最も航平が恐れるのが太一のあの声が聴こえなくなること。
実際に耳鳴りと同時に、いつもはよく聞こえる太一の声が他の声と同じように途切れ途切れになるシーンが映画ではしっかりと描かれている。
この航平目線のシーンが航平の太一への想い、そして彼の恐怖がこちらによく伝わってきて秀逸なのだ。視聴者にも太一の声が聴こえないことへの航平の切ない思いを実感できるシーンだ。
ノートテイク
このドラマのポイントでもあるノートテイク。
このやり方も漫画・映画とドラマとでは少し違う。漫画や映画では航平と太一の席は常に離れているように見えるのだけれど、ドラマでは隣同士で座りながら、航平が太一のノートを覗き込んでいるシーンをよく見る。
ノートテイクについてはまだわからないところが多くて、二人でやる場合もあるようなことも書いてあるから、どちらの方がスタンダードなのかわからないけれど、このドラマでその存在を知った人も多いと思う。私もその一人。
耳の不自由な方とのコミュニケーションといえば手話がまず思い浮かぶけれど、そればかりではないのだな・・・
原作のある映像作品
映像化についてはさまざまに意見があると思うし、原作の昔からのファンの方からしたらそれなりの見方があるのだろうけれど、このドラマについては丁寧に漫画の世界観を描いているように思える。
何なら吹き出しの中にはない、ちょっとしたセリフなんかも再現していたりして作品を大切にしていることが伝わってくる、と個人的には思う。
漫画のドラマ化については過去には失敗と呼べるようなものや、作者が必ずしも満足いっているとは言い難いこともあっただろうけれど(それは今でも)作る側の理解が進むことで素晴らしい作品が今後も出て欲しいなぁと思う。
もちろんドラマや映画がオリジナルストーリーで作られることの醍醐味はあるし、そういう作品は個人的に好きだけれど、原作の世界を実際に人間が演じてくれるということの感動はもちろんある。
どちらもエンタメとして成熟し、楽しめるようになると視聴する側も選択肢が広がって楽しい。
ドラマにはドラマの、映画には映画の、それぞれの魅力があって、漫画やアニメとは違うアプローチで楽しませてもらえると嬉しいなぁと切に願う。