メーリケ「炎の騎士」(ドイツ詩100選を訳してみる 6)

こんなにも熱のある言葉、そして音楽には、久しぶりにふれたかもしれない。

これまで訳してきた詩はどれも(ゲーテの「魔王」も含めて)、どちらかというと呑気な調子のものだったけれど、今回は全く違う。Querfeldein! Durch Qualm und Schwüle なんて、発音してみただけで迫力がすごくて、どうにかこの感じに日本語で近づけようとがんばった。

1823~24年ごろ、わずか19歳だったメーリケが書いた詩だという。テュービンゲン大学の学生だったメーリケが、同じ市内に住む、既に狂気に陥っていた詩人ヘルダーリンが塔の中で歩き回る姿にインスピレーションを受けたらしい。

以前訳した「捨てられた娘」と同じく、1832年の小説『画家ノルテン』に収録された。その後1841年に改訂され最終稿となっている。

Der Feuerreiter

Sehet ihr am Fensterlein
Dort die rothe Mütze wieder?
Nicht geheuer muß es sein,
Denn er geht schon auf und nieder.
Und auf einmal welch Gewühle
Bei der Brücke, nach dem Feld!
Horch! Das Feuerglöcklein gellt:
Hinter’m Berg,
Hinter’m Berg
Brennt es in der Mühle!

Schaut! da sprengt er wüthend schier
Durch das Thor, der Feuerreiter,
Auf dem rippendürren Thier,
Als auf einer Feuerleiter!
Querfeldein! Durch Qualm und Schwüle
Rennt er schon, und ist am Ort!
Drüben schallt es fort und fort:
Hinter’m Berg,
Hinter’m Berg
Brennt es in der Mühle!

Der so oft den rothen Hahn
Meilenweit von fern gerochen,
Mit des heil’gen Kreuzes Spahn
Freventlich die Gluth besprochen —
Weh! dir grinst vom Dachgestühle
Dort der Feind im Höllenschein.
Gnade Gott der Seele dein!
Hinter’m Berg,
Hinter’m Berg
Ras’t er in der Mühle!

Keine Stunde hielt es an,
Bis die Mühle borst in Trümmer;
Doch den kecken Reitersmann
Sah man von der Stunde nimmer.
Volk und Wagen im Gewühle
Kehren heim von all’ dem Graus;
Auch das Glöcklein klinget aus:
Hinter’m Berg,
Hinter’m Berg
Brennt’s! —

Nach der Zeit ein Müller fand
Ein Gerippe sammt der Mützen
Aufrecht an der Kellerwand
Auf der beinern’ Mähre sitzen:
Feuerreiter, wie so kühle
Reitest du in deinem Grab!
Husch! da fällt’s in Asche ab.
Ruhe wohl,
Ruhe wohl
Drunten in der Mühle!
見えるか? またあの窓際で
赤い帽子をかぶった男が
行ったり来たりしている。
きっとこれは悪い予兆だ……。
突然 橋の辺りに人だかりができ
野原へと向かっていく。
聞け! 非常ベルも鳴り出した!
山ノ向コウ
山ノ向コウ
水車小屋ガ火事デス!

見よ! 猛り狂った炎の騎士が
門をこじ開け 駆けていく!
消防梯子のように肋骨の浮き出た
痩せこけた獣にまたがって、
野原を突っ切り 煙と熱が立ちこめる中を
騎士は走る そして現場に着いた!
遠くではなおもベルが鳴り渡る。
山ノ向コウ
山ノ向コウ
水車小屋ガ火事デス!

あなたはいつも 遥か遠くから
火事を嗅ぎつけては
掟に反して 聖十字架の断片で
たぎる火に呪文をかけていた――
ああ むき出しの屋根の骨組みから 悪魔が
地獄の業火に包まれて ほくそ笑んでいる!
あなたの魂に神のご加護あれ!
山の向こう
山の向こう
炎の騎士が荒れ狂う!

一時間もしないうちに
水車小屋は瓦礫の山と成り果てた。
その間 無鉄砲な騎士の
姿を見た者はなかった。
詰めかけていた人々や車は
恐怖から解き放たれて帰っていく。
非常警報も鳴りやんだ。
山ノ向コウ
山ノ向コウ
火事デス!――

後に ある粉屋の男が
帽子をかぶった白骨を発見した。
炎の騎士は 骨だけになった馬にまたがり
地下室の壁に まっすぐ凭れかかっていた。
こんなにも冷たくなって あなたは
墓の中で馬に乗っている!
ああ そして骨が崩れて灰になった。
安らかに眠れ
安らかに眠れ
水車小屋の地下で!

(西野茂雄・手塚富雄の訳を参考にした。)

 *

約半世紀後の1888年、28歳の作曲家ヴォルフがこの詩に曲をつけている。これがまた、音楽でこんなに非日常の異世界を描けるんだと驚くような、異色のパワーたっぷりの作品だ。

残念なのは、音の高さがよく分からないような歌い方をしている録音が多いこと。せっかく実に面白い音符が書いてあるのに、シュプレッヒシュティンメのように歌ったり絶叫したりしてしまうと勿体ない。

その中でこの演奏は、他のものと比べると、楽譜通りに演奏しようという意図が見える。(楽譜はこちらのp.145から。)

 *

この曲と同じような異形の迫力を持った音楽として思い浮かんだのは、1983年に木下牧子が27歳で書いた「環礁」(混声合唱組曲『ティオの夜の旅』第3曲)。自分が歌ったことがあって思い入れがあるというのもあるけれど、大好きな曲だ。

みんな若いなあというのを言いたくていちいち年齢を書いている。若さのエネルギーがうまく結晶すると本当に魅力的なものができて、いつまでも残るんだな、というのをまじまじと見ている。

作る側も受け取る側もへとへとになりながら激しく心揺さぶられるような、そういうものに(、も、)もっといっぱい触れていたいし、何かしらそういうものを(、も、)自分で作り出せたらすごくしあわせだと思う。翻訳もその一つではある。だれかの心に響くといいなあ。

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