Asakaho Luis Ryuta

オレの葬式のときに流してもらう曲ども。

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ファミリーヒストリー:曽祖父・宮松 - 浅草編

ファミリーヒストリーの旅はまだまだ続く。第3弾。 曽祖父・宮松の浅草編。 戸籍を父の代から遡っていくと、 曽々祖父の「座馬三郎」が岐阜県加茂郡上古井町の人間だということが分かった。 加茂郡上古井町は現在の美濃加茂市で、飛騨川と木曽川の合流地点で、近くには中山道の宿場町である太田宿がある。 曽祖父の「宮松」も、上古井村に生まれた。慶應元年(1865)のこと。 この年、高杉晋作が長州藩の実権を握り、新撰組が西本願寺に屯所を移し、五代友厚がイギリスに留学し、坂本龍馬と桂小五郎が

    • 「座馬」のルーツは岐阜県加茂郡上古井村

      ファミリーヒストリーを辿る旅が続いている。 父が氏を「座馬」から「浅香保」に改名した理由は、依然、分からない。60年前のことなので裁判記録は残っておらず(裁判所は今、どんな凶悪事件でも裁判記録を10年間しか保管しない)、経緯を知る人物も今のところ見つかっていない。 なので、そこは一旦横に置いて、父のルーツを遡ってみることにした。 戸籍を父の代から遡っていくと、祖父と曽祖父の代で、東京・浅草に本籍を置いていることが分かった。 明治23年のこと。 戸主は「座馬宮松」となっており

      • 父の本籍地に行ってみた

        僕の氏は「浅香保」だが、この氏は、じつは父の代で改名されている。 そのことを知ったのは、僕が27歳のとき。今から31年前の、父が亡くなる前後のころのことだ。 母と母の姉妹が、父のことを「ザマ」と呼んでいて、そのときは父のあだ名か何かなのかと思っていたのだが、前後の文脈から、かつては「ザマ」という氏だったのか?と思うようになり、母・敬子に聞くと、ちゃんとは知らんけど、結婚前に父は改名したって言うてた、と。 母がなんでちゃんと知らんのか不思議でならないが、さしたる興味もなく、

        • えべっさん

          来訪新としてのえべっさん えべっさんというのは、マレビトだな。 マレビトとは民俗学者の折口信夫の命名で、里や村に稀にやって来るストレンジャーのことで、それは姿を変えた神さんであるとされていて、折口は、このストレンジャーのことを、マレビト(客神)と呼んだ。 日本は多神多仏の国で、仏さんのみならず、多くの神さんは、どこかからやって来て、またどこかへ帰っていく。べつに世界の中心にいるわけではない。須弥山のような山はない。神さんはどこからからやって来て、一定期間を過ぎると、またどこ

        ファミリーヒストリー:曽祖父・宮松 - 浅草編