Asakaho Luis Ryuta

梅田・天満・大阪キタのこと 仏像・仏教世界・神さま・神話・民俗学・習俗・物語など 世界…

Asakaho Luis Ryuta

梅田・天満・大阪キタのこと 仏像・仏教世界・神さま・神話・民俗学・習俗・物語など 世界中の歌と音楽とリズムとリズムの未来について 地図の裏側に隠された土地に根付き育まれた物語について 世界中の人々の口の端にのぼった物語について 言葉にならない祭りや仮面やしぐさや風習について

マガジン

  • つひまぶ

    大阪キタを愛する人がキタを再発見し、キタの魅力を内外に伝えるマガジン

  • 仏像をめぐるぐるりのこと

    2ヶ月に一度、大阪キタ・扇町の「扇町ミュージアムキューブ」内談話室カフェ「マチソワ」にて、仏像トーク「仏像をめぐるぐるりのこと」を開催しています。 マチソワ(大阪市北区南扇町6-26) https://talkin-about.sub.jp/matineesoiree/ asakaho luis ryuta https://luis.jp

  • 僕のファミリーヒストリー

    両親の家系のファミリーヒストリーを辿っています。 戸籍謄本を元に、本籍地のあった場所を訪れ、その場所の歴史を調べ、祖父や曽祖父がどのような時代をどのように生きたのかをさぐり、自分のアイデンティティを探っています。 調べれば調べるほど意外な事実が見つかり、同時に、この家系のDNAが自分にも受け継がれているのだなと思えてきます。 asakaho luis ryuta https://luis.jp

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弥勒菩薩と日想観

仏教では西方に浄土があると考えられています。 同時に、西方は死後の世界、常世の世界があるとも考えられています。 その西方には、「釈迦の死後56億7千万年後の世に降りてきて釈迦に代わって人々を救う未来仏」である弥勒菩薩が降り立つとされています。 京都は広隆寺にいらっしゃる弥勒菩薩半跏思惟像は、ご存じの方も多いと思います。 花郎(ファラン)のこと この弥勒菩薩半跏思惟像は百済様式だと言われています。 さて、半跏思惟像は、じつは、新羅でつくられたものがほとんどで、6世紀後半

    • 大阪・キタの2つの大イチョウ野崎町の龍王大神と中崎西の白龍大神の「巳(みぃ)さん伝説」

      大阪・キタを代表するご神木の大イチョウを2本紹介しよう。キタには紅葉はほとんどないけれども、イチョウがたくさんあり、秋になると、鮮やかな黄色がまちを彩る。そして、どちらも「巳(みぃ)さん伝説」と結びついている。 野崎町の大イチョウの「龍王大神」 神山交差点すぐ南、スーパー「ライフ太融寺店」前には、道路上に大イチョウが生えている。 道路上というよりも、車道がこの大イチョウを避けて迂回するように敷設されている。この周辺はもともとは太融寺の境内で、戦後、道路の拡張工事の際にこ

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        グラングリーン大阪 夜(2024.10)

        • つひまぶ vol.25 「キタの伝承話号」刊行

          つひまぶ完成しました☆ 今号のつひまぶは、「伝承話」です。 神社仏閣から祠、小社、御神木まで、不思議な話や怪異、奇瑞がいっぱい 北区内にある神社仏閣や祠、小社、御神木等にまつわる不思議な話、怪異、奇瑞、言い伝え、伝承話を集めてみました。 こんな大都会の北区にも、目を凝らせば、あちこちに不思議な話があるものです。 野崎町の龍王大神、中崎西の白龍大神の御神木の根元には、白蛇が棲むという「巳(みぃ)さん」伝説があります。 本庄西の淀川沿いにも、御神木であるクスノキにまつわる

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          大阪天満宮の流鏑馬神事

          10月25日(金)、大阪天満宮の秋大祭である流鏑馬神事に奉仕のお手伝いにいった。 室町時代の狩装束に身を包んだ騎手が、表大門から大川までの約400mを駆け抜けながら、3つの的を順に半弓で打ち破る。まちなかなので、矢を射るのではなく、半弓で的を打ち破るのだ。 まあまあのスピードで馬が駆けていき、裃姿の騎手が的を打ち破るたび、パーン!と大きな音がして、杉板の的が砕け散る。 破片は、小さく砕いて財布に入れておくとお金が貯まるのだとか。お金が貯まるのかもしれないが、きっと、もとも

          大阪天満宮の流鏑馬神事

          「ちゅらさん」の「こはぐら荘」

          そうそう、今回、小浜島の「ちゅらさん」の家の「こはぐら荘」に10年ぶりくらいに行ってみたんよね。 10年前もそうだったが、すでにどなたかが住んでいるので、勝手に中に立ち入ったりすることはできない。でも、家の前をうろうろしたり外から写真を撮るのはOKなのだ。人は住んでいるが、登録有形文化財。 琉球家屋は門扉はないのだけれども、代わりに門の奥に石灰岩などでつくられた「ヒンプン」と呼ばれる衝立が建てられているので、絶妙に外から中が見えないようになっている。 「ちゅらさん」のロ

          「ちゅらさん」の「こはぐら荘」

          梵天と帝釈天

          摩耶夫人の右脇から生まれ落ちたお釈迦さんをバスタオルで受け止めたのが、梵天と帝釈天です。 お釈迦さんの一生を絵巻物のように表した「仏伝図」には、そのように描かれています。 じつは、このお2人は仏像ファンのなかではきってのイケメン仏像として1位、2位を争 う人気ぶりです。 生まれ落ちたお釈迦さんを受け止めたのだから、つまり両者とも、お釈迦さん以前より存在していたことが分かります。ヒンドゥーの神さまで、 帝釈天は闘いの神であるインドラ、梵天は創造神であるブラフマーと呼ばれてい

          誕生仏のこと

          お釈迦さんが生まれたのは、今から約2,500年前です。 ネパールとの国境に近い、インドのルンビニーというところで生まれました。 ルンビニーは、現在は世界遺産に指定されていて、なかなかの観光地になっているようです。 観光資源は、もちろん、お釈迦さん生誕の地。インドでは仏教はほとんど廃れてしまっているのですが、こうして、生誕の地には、まだそれなりに色濃く残っているようです。 お釈迦さんのお母さんはマーヤーと呼ばれる人です。 出産のために郷里に帰る途中で立ち寄ったルンビニーの園

          新阪急ホテルの60年

          新阪急ホテルが2025年1月4日をもって閉館します。 東京オリンピックや東海道新幹線開通に沸いた1964年に開業し、いよいよ60年の歴史に幕を閉じます。 今、フロント横には狭いスペースながらも、歴史を振り返るフォトコーナーができているので、今一度、60年の歴史を振り返っておきます。 新阪急ホテルは、開業当時の新聞広告にあるとおり、「ビジネスホテル」として誕生しました。 「特権階級向けではなくビジネスマンに使いやすいホテルを」という構想を、創業者の小林一三の死後、実現させたも

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          1990年開催「国際花とみどりの博覧会」の思い出

          25年大阪・関西万博が相変わらず盛り上がってない。 ワシ、じつは1990年開催「国際花とみどりの博覧会」、通称「花博」のとき、ペルー館の館長代理をやっていた。 それまでのワシはバックパッカーで南米のペルーで沈没して、ペルーで暮らしており、それが国際博覧会で国を代表する立場で日本に戻ってきたので、まあ、凱旋帰国ですな(笑) ビジネスクラスで凱旋したよん。ワシ、弱冠24歳のこと。ちなみに館長は当時の観光商工大臣で、そんな偉い人は日本には来ないので、ワシが代理で。このあたりの経

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          八重山のミルクさん

          八重山諸島のちょっとコミカルな弥勒菩薩 ミルクさん。 沖縄本島のさらに南に八重山諸島があります。石垣島があり、竹富島があり、西表島があり、一番南には波照間島があります。この八重山諸島全域に、「ミルク神」と呼ばれる仏さんがいます。親しみを込めて「ミルクさん」と呼ばれており、誰からも慕われていて、めっちゃ人気があります。 海の向こうの異世界からやって来た来訪神で、五穀豊穣をもたらす存在として知られています。その意味では、えべっさんに似ています。 仏教では、お釈迦さんが亡くな

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          歯神社の例祭

          6月4日は、茶屋町に鎮座する歯神社さんの例祭が執り行われる日。 淀川の氾濫で梅田一帯が水没しそうになったとき、「歯がみ」さんの巨石が洪水を歯止めしたことから、歯止めの神さんとして信仰され、転じて歯痛止めの神さんとして親しまれている神さんです。 例祭では、 みんなの歯の健康と無事が祈願され、祝詞奏上、玉串奉納などがおこなわれ、白江 秀知祭司によるお言葉が。 「先般、歯神社のお膝元である北野病院にて歯の再生治療薬の開発が試みられ、令和12年の実用化を目指しているとのニュース

          野田のななとこまいり

          お盆に近隣の7つのお地蔵さんを詣ると願いごとがひとつ叶う 野田藤で有名な大阪・野田では、「野田のななとこまいり」というものがあります。 近隣のお地蔵さんを7つお参りすると、家内安全などの願いごとがひとつ叶うとされています。 野田の吉野や玉川地域には現在25体の地蔵がお祀りされており、地元の方々が日常の世話をしています。8 月には地蔵盆があり、この日は野田中の子どもたちが、このうち7つのお地蔵さんをお参りするわけです。 7つのお地蔵さんが、これ!と決まっているわけではなく、人

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          利休の茶というのは、ある種の平和運動だったのではないだろうか

          千利休は、大永2年(1522) 生まれ。 戦国時代から安土桃山時代にかけての茶人、商人です。 幼名は田中与四郎、のちに法名を千宗易(せんのそうせき)と号しました。 広く知られた「利休」の名は、天正13年(1585)の禁中茶会にあたって町人の身分では参内できないため、正親町天皇から与えられた居士号です。 居士号は、男性の戒名の下につける位号で、出家をせずに家庭で修行をする仏教徒を指します。家の中にいる士から名前が付いたと言われています。 「利休」の考案者は、大林宗套、笑嶺

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          地獄といえば全興寺

          地獄といえば、平野の全興寺さん。「ぜんこうじ」ではなく「せんこうじ」と読みます。 今から1400年前、聖徳太子が薬師如来さんを安置されてできた古いお寺さんです。 平野は大阪でも独自に発展した環濠都市ですが、全興寺からまちが形成されていったと言われています。 ここには地獄堂がありまして、怖い地獄を体験することができます。 閻魔王と他の9人の王、つまり十王がいらっしゃいます。そして、三途の川のほとりにいて、僕たちの服を剥ぎ取って衣領樹の枝に掛けて罪の軽重を計り、三途の川の渡り方

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          グラングリーン大阪(2024.9)

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