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サポーターはクラブ以上の存在?

国内ではラグビーW杯の高まりと共に、春秋制のプロ野球やJリーグはシーズンの終焉を迎えています。欧州に目を向けると、シーズンはまだ始まったばかりですが、これから様々なコンペティション含め忙しい日々が始まります。

そんな中で南仏からは信じられないようなニュースが舞い込んできました。現地時間9月20日13時20分、一部サポーターからの脅迫が原因でマルセイユのマルセリーノ監督が辞任するという公式発表がなされました。

今回の件はマルセイユのパブロ・ロンゴリア会長が現地時間18日に行われたサポータークラブの代表たちとの会談内容が事の原因ですが、なぜこのような事態に陥ったのかと共にここで改めて「サポーターとは何か」について自分なりに意見を綴りたいと思います。



脅迫を受けた会長は...

パブロ・ロンゴリア会長

今年6月に誕生したマルセリーノ政権がなぜこんなにも短期で終了してしまったのか。決定的な原因となったのは現地時間9/18月曜日に行われた、サポータークラブ代表たちとマルセイユの経営陣たちとの会談でした。

この会議は以前から予定されていたものですが、前日に行われたトゥールーズ戦が残念な内容(0-0)に終わったために、会議は重苦しい空気になったようです。

サポータークラブの中でもとりわけ強い権力を持つSouth Winnersの代表者ラシド・ゼルアルからパブロ・ロンゴリア会長に発した不満を箇条書きでまとめました。

・監督やスタッフ、選手の絶え間ない入れ替え
・主力選手の退団、ベテラン選手をOMで引退させなかった
・シーズンチケットの値上げをしたにも関わらず、CLは予選敗退
・会長と縁があるマルセリーノの招聘は縁故主義で、OMの若手選手の排除に起因してるのでは
・ロンゴリア会長が2021年就任時に設立した商業コンサルタント会社は現在休止状態であり、不安定な財務状況に繋がっているのでは

リークされた情報では以上の事柄により、ゼルアルはロンゴリア会長の他に、ハビエル・リバルタディレクター、ステファン・テシエ財務部長、ペドロ・イリオンドGMの退任を要求し、後のロンゴリア会長の自白によると「(上記4人を)退任しろ。さもなくば戦争を起こす」と脅迫されたとのことです。

心を痛めたロンゴリア会長はマルセリーノにもこのことを打ち明けると、マルセリーノは火曜日に行われたチームミーティングにて「(彼が去るのなら)私も去るだろう」と選手たちに伝え、そのまま辞任につながりました。

ミッドウィークに開催されるアウェーのアヤックス戦に向けたフライトにはマルセリーノは同行せず、通訳兼アシスタントのパンチョ・アバルドナドが代行で指揮を執ることが発表され、同時にマルセリーノの辞任に伴い、暫定監督として有力視されていたクラブOBのジャン=ピエール・パパンも同行しました。



プレッシャーは家族にまで…

今回の騒動を受けて、アヤックス戦には向かわずに一時会長の職を離れたロンゴリア会長は地元紙[La Provence]の取材に応じました。一部気になったところをまとめてみました。

月曜日に行われた会談について

「私の目的は私たちが同じ方向に向かって一緒に進むことができるようにメッセージを送ることだった。ミーティングでは2分間だけ話すことができたが、その後話を打ち切られ、事態はすぐに制御不可能となった。『4人全員辞めろ。さもなければ戦争だ』と言われた。このような脅迫を受けることはありえない。あのとき私は会長ではなかった。話す権利もなかった。自分の優位性を証明しようとしたのに、どうやって対話ができるんだ?」

昨年度から続く誹謗中傷について

「昨シーズン、私が移籍金を盗んだというデマのメッセージがマッコートグループに届いた。白であることを証明するために全ての業務を独立した会社(アメリカ)に頼む必要があった。銀行口座、電話、メール、母との私的な会話など全てを提供した結果、白だった」
*調査は1ヶ月に及び、調査の過程で行われた最終面接にてロンゴリアは思わず涙。「これほどまでに事が及ぶとは想像もできなかった。それは精神的な影響を与えた。彼ら(サポーターたち)は家族を調査し始めた」

「私が信頼関係の輪の外で話したことは全てマスコミに公表された。私の家族に対する誹謗中傷もあった。この数ヶ月間で何度こんな目に遭ったと思う?たくさんだ」

「陰口から始まり、今や脅迫にまで至っている。それを受け入れることはできないし、『OMはそういうものだ』とは言えない。だから火曜日に『今の状況では仕事をするのが不可能だ』と伝えた。監督が批判されるのは当然だが、脅かされるのは普通ではない」

今回起きた騒動について

「私が批判しているのは、OMの周りには多くの分野で個人的な利害関係が多すぎることだ。サポーターグループが悪いのではない。月曜日に起きたことはこのシステムの結果だ。運動全体が人々を怖がらせることに基づいている。クラブを変革し、最善を尽くすという真摯な目的のために働くことを命じられたのに決断を下せないとしたら、どこまでやれるのか?クラブにとって最善を求めるには?」

今後のパブロ・ロンゴリアの行方は

「いま最も重要なのは組織だ。OMはあのままでは機能しない。このクラブを愛する全ての人々と一緒に物事を分析する必要がある。私は救世主気取りでもないが、このクラブで可能な限り前進するために全力を尽くしたい。むしろ尽くしてきた人間だと思う。良いことも悪いこともあるが、クラブの利益のために可能な限り最善を尽くしてオーナーの利益を守ることを常に目指している。そんな私を放っておけるのか?」

「私は個人的な利害関係を持つパブロ・ロンゴリアではない。私には説明責任がある。しかし今のままでは仕事をするのは不可能。解決策を見つけたいが、クラブを愛する誰もがOMのDNAを保持しながら最低限の正常な運営ができるクラブにする方向に進む必要がある。」

調べたところによると、ロンゴリア会長に対する誹謗中傷を含めた非難は長期にわたっており、今回は堪忍袋の緒が切れてしまったということです。2021年2月にロンゴリアが会長に就任した当初はサポーターとの距離感も非常に近い関係でしたが、徐々に距離を置いていった会長に一部サポーターは不満を募らせました。
(*サポーターグループは8月27日に行われたブレスト戦でも経営陣への不満を露わにしたバナーを掲げる予定でしたが、実行されず。)

退任に心が傾きかけたロンゴリアはオーナーのフランク・マッコートに相談したところ、マッコートが説得し踏みとどまり、後日会見で残留を表明しました。彼の後任を見つけるという難題以上に、ロンゴリアへの信頼感がマッコートの中で上回ったと感じます。

フランク・マッコートオーナー(手前)



会長を追い詰めたサポーター代表は悪名高き人物

ラシド・ゼルアル

今回の騒動で最も批判が集中しているのが、South Winnersのリーダーのラシド・ゼルアルです。ロンゴリア会長の続投を求める署名と共に、ゼルアルの辞任要求もサポーターの間で高まっているのが現状です。

調べたところ、ゼルアルはかなり大きな権力を持ち、悪名高き人物であることが分かりました。過去に地元紙はかつてマルセイユの会長を務めた、クリストフ・ブシェ、ジャン=ミシェル・ルシエ、イヴ・マルシャンらの辞任も彼が原因であるという風に報道しました。

ロベール・ルイやパプ・ディウフら一部の会長とは現在も良好な関係のようですが、彼らが会長に就任した当初はゼルアルと面談するように強く勧められ、現在もその名残が残っているとされています。

また、彼は過去にディディエ・デシャンにもプレッシャーを与えていたことを公にしており、「彼の全身を震わせた。彼の肩から頭を外してやると言った」と自白しています。2012年デシャンは成績不振と、ゼルアルのプレッシャーを受けてマルセイユの監督を辞任し、フランス代表監督の座に就きました。

今回の件に関してゼルアルは「殺害予告をしたり、マルセリーノの辞任は要求してない。」と否定していますが、彼が会談に参加し、脅迫したことはロンゴリア会長の自白から分かるように紛れもない事実であると思います。



サポーターとクラブの関係性

今回の騒動を受けて私自身もサポーターとは何ぞやとしばらく考える機会になりましたが、まさにグッドタイミングでDAZNのFootball Freaksにて「サポーターについて考えよう」というテーマで議論がなされていました。

国によってサポーターの文化が異なるようですが、フランスはクラブによってサポーターの風習が異なります。爆竹や発煙筒を用いてコレオ含めて壮大なスケールで選手たちを鼓舞するクラブや、ウルトラスはいるもののスタジアム全体で民衆的な暖かい空気を作って応援するクラブもいます。

マルセイユはフランス屈指の熱狂的な応援をするクラブで、前者にあたります。それが「マルセイユらしさ」であることは簡単に否めません。

ただ、今回の事件のようにサポーターがクラブの経営を脅かしていいものかどうかについては道徳的な倫理が備わっていれば答えは明白でしょう。サポーターが熱狂的すぎて逆に迷惑になっている事例はマルセイユに限ったことではないのですが、今回の件は非常にショッキングな内容となりました。



よく「クラブ以上の選手はいらない」という文言を目にします。これは当然の答えのように感じますが、一方でみなさんが「クラブとサポーターの対等性」を問われたときはどのように答えるでしょうか。もちろん、答えは人それぞれであって結論を急ぐものではありません。

私の意見としては、クラブは勝利という最大の目標を目指し施策を通して期待に応える努力をする、サポーターは応援というサービスを提供して貢献する。どちらが上か下かではなく、相乗効果を期待した対等関係を築いてきたことによって各クラブの歴史や伝統があり、「共に戦う」精神の育みにつながっているというのが自分なりの考えです。実にありきたりなことかもしれませんが、どちらかがこの普遍的な心を忘れてしまったときに今回のような事件は起きるのではないでしょうか。

「応援してもらってる/応援してやってる」の価値観や結論を求めたがるような日本文化があるJリーグでは、試合後にサポーターの元に選手やスタッフが集まって時に罵言も含めた話し合いのシーンがあります。フランスでも敗れた選手たちがサポーターの元へ行く場面はありますが、大概がサポーターからの闘魂注入であり、「監督出てこい」や「社長呼べ」とはああいった場ではならないのが大半です。

私はこれを恥ずかしい文化とは思いませんが、疑問に思うところはあります。仮に社長を呼んだところで勝利という目標が揺らぐわけでもなく、劇的な変化に繋るかといえばそれを証明できるものはないと思います。当然勝負の世界は勝ち負けが必ずあり、「共に戦う」というのはその苦しみも分かち合いながら、揺るぎない共通の信念を持ち続けたまま前に進んでいこうという気持ちの表れなのではないかと思います。



少し話は逸れますが、「応援」という話題に沿って綴るならば私は好きな逸話があります。

これは2019年9月29日に行われたオリックス×ソフトバンクのプロ野球の試合です。7回のチャンスで代打で登場したのはベテランのT-岡田選手。2010年にHR王を獲得して以降、苦しむ時期が長かったT-岡田選手。当時3年契約の最終年で三十路を超え、怪我もあり良い成績を残せなかったこともあり、別の道を模索していた時期とのことでした。

そんな中迎えたこの試合で代打で投入されると、オリックスファンのスタンドからは大声の応援歌が流れました。この打席は凡退に終わりましたが、この応援歌に心を打たれたT-岡田選手はオフに残留を決意。「(残留の)一番の決め手はファンの皆さんの声であったり、そういうのに心を動かされたものがあった。結果という形で応えたい。」とコメントしました。

残留したT-岡田選手は2021年9月のロッテ戦、9回表2死一、三塁の場面で逆転3ランを放ち勝利に貢献しました。そしてチームはその年に25年ぶりのリーグ優勝を遂げました。あの時の応援歌がなければ結果は変わっていたかもしれません。


種類は違えど、苦しい時ほど背中を押してあげるのがサポーターの最大の役割であり、親ではなく兄や姉のような目線で共に進んでいくのが理想であるとこの動画及び逸話を目にして深く感じます。両者の関係性にどちらが偉いというのは論外で、むしろ両者が同じ車両に乗っているからこそ、両者の対等性に支障をもたらすような行為は御法度でしょう。



サポーターについての論争は終わりを迎えるはずがありません。今回私がこうして綴ったものはあくまでも個人の考えであり、批判覚悟で綴りました。みなさんの心にも愛するクラブがあり、そのクラブへの接し方は自由ですが、もう一度「サポーターとは何か」、考える機会を作ってみてもよいかと思います。ご清覧いただきありがとうございました

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