見出し画像

そこにいるだけで(手作り絵本)

かべくん


かべくんは、いつもそこに立っているだけでした。
誰のまねをするわけでなく、いつもひとりでそこに立っていました。
そうしていても、誰にもほめてもらうことなどありませんでした。

かべくんはいつも考えていました。
『なぜ、ぼくはここにいるのだろう。』
『何のために、こうしているのだろう。』

かべくんは、いくら悩んでみてもわからないので、
きっと誰かがりっぱな答えを教えてくれるだろうと、前を通りかかった人々に問いかけてみたりしました。
しかしそんなかべくんの声に気づく人すらいません。
かべくんは、ただただ、いつもそこに立っているだけでした。

女の子

ある時その女の子は、ちっちゃな瞳を涙の水たまりでいっぱいにしていました。
水たまりは、あふれてあふれて流れ落ち、女の子の足元にたまっては大きな水たまりをつくっていきました。
その様子を見ていたかべくんは、すっかり自分の悩みを忘れて思うのでした。
『ああ、せめて自分に手があったら、この子の頭をなぜて抱きしめてあげられるのに。』

すると不思議なことに、女の子の心の中が、かべくんに見えてきたのです。
女の子は、ただみんなと楽しく遊ぶことが好きでした。でも、遊んでいるうちに急に何かのことに夢中になってしまうことがありました。道ばたの草花に心惹かれたり、ネコを追いかけることに一生懸命になったり・・・。
今も女の子は、いつの間にかお友達がいなくなってしまったので、なぜいなくなってしまったのかわからず泣いていたのでした。

かべくんは、
『ぼくがこうしてここにいてあげるよ。』
と、一生懸命女の子に話しかけていたつもりでした。それしかできないことをすまなく思いながら、女の子のせつない思いをいっぱい受けとめてあげようとしました。
しばらくそうしていると、女の子は落ち着いたらしく、泣きやんでいます。
そしてゆっくり歩きだすと、どこかへ行ってしまいました。

かべくんは女の子がいなくなってしまうと、また自分の悩みで心がいっぱいになるのでした。
『なぜ、ぼくはここにいるのだろう。』


男の子

にぎやかな声とともに、男の子たちがやってきて、かべくんによじ登ったり、ボールをぶつけたりして楽しそうに遊んでいました。子どもたちがいくら遊んでも、かべくんはびくともしません。
あたりが暗くなるとみんなは帰ったようでした。でも、ひとりの男の子だけがそこに残っています。
「強くなりたい。」
とその男の子がつぶやいたのを、かべくんは気づきました。
『なに?』
と、かべくんは聞き返しました。
男の子は、また言いました。
「オレ、サッカーうまくなりたい。」
すると、またかべくんの心の中が、男の子のことでいっぱいになりました。

男の子は、本当に思い切りからだを動かしてサッカーすることが大好きでした。そしてもちろん上手になりたいと思っていました。なのに遊ぶ場所はボールを蹴ってはいけない場所なのです。遠くまで自転車で練習しに行ったこともあったけれど、そこも勝手に入ってはいけない場所になってしまいました。だから友達みんな、あきらめてしまったのです。男の子は、テレビゲームもマンガも好きだけど、サッカーがしたくてさみしかったのです。

男の子の気持ちを受けとめたかべくんは、
『ああ、せめてぼくに足があればこの子のサッカーの相手をしてあげられるのに。』
と思うのでした。
しばらく男の子は、ボールを軽く転がしながら、かべくんにぶつけたりしていました。かべくんはずっと男の子に話しかけ続けていました。
『いくらでもぼくにぶつけていいよ。穴があくまでぶつけてかまわないよ。』
やがて男の子は、ボールを拾い上げると、ポンポンと手でつきながら帰ったようでした。
そうするとまた、かべくんは自分の悩みで心がいっぱいになるのでした。

かべくんの上を、一匹の猫が歩いていました。
猫は、かべくんの上を歩いている時が、一番安心で、のんびりしているみたいです。途中でおもいっきりのびをしてから、またゆったりと歩いてどこかへ行くのが、いつものくせでした。
かべくんは、あまり気にとめてなかったけれど、猫がいつも鼻歌を歌っているようだと思っていました。

クモ

かべくんにそって、一匹のクモがはっています。


ふと、かべくんはそのクモに気をとめました。
クモは小さい体で大きく広いかべくんを通る時、一生懸命思っていました。
「りっぱな美しいクモの巣がつくりたい。誰にもこわされたりしないでつくりあげたい。」
かべくんは、クモの気持ちを受けとめると思いました。
『ぼくが木の枝のように形を変えることができたら、いくらでも巣をつくらせてあげられるのに。』
そう思っているうちにクモは、ソソソ・・・ソソソ・・・
とどこかへ行ってしまいました。

大きな手

『ああ、ぼくは何のためにここにいるのだろうか。』

その日は空の高い日でした。
とつぜん、あたりが暗くなり、気がつくと目の前に大きな長い腕を持つ車が止まっています。
『変な車だな。』
と、かべくんが思ったその時、大きな長い腕が、ギギギィーッと音を立てて空へ振り上げられるのが見えました。そしてそれはすぐにまっすぐ振り下ろされたのです。かべくんめがけてー。

かべくんには、何が起こったのかすぐにはわかりませんでした。いきなり大きな音がして、かべくんのかけらが散らばったのです。

でもようやくわかりました。自分に終わりがきたことを。
ひとつ、大きく深呼吸すると、こう、つぶやきました。
『やっぱりわからなかったなあ。ぼくがここにいたわけが。』

再びあの女の子

その時、遠くからワイワイ言いながら来る子どもたちの声が聞こえてきました。それはいつか泣いていた、あの女の子でした。女の子は泣いていませんでした。
「あたし、みんなと遊びたいの。だけど時々ひとりで夢中になっちゃってごめんね。こんど気がついたら声かけてくれる?一緒に遊ぶから。」
そう言いながらかべくんの方を見ると、
「あたし、このあいだここでうんと泣いたんだ。そうしたらなんだかすっきりした。」
と言うのでした。
それを聞きながらかべくんは、
『ぼくは何もしてあげられなかったけど、自分でわかったんだね。』
そう思いながら、心にあたたかい風が吹いたような気がしていました。


再びあの男の子

『ああ、もう、あの子ともさよならだ・・・。』

大きな長い腕は、何度も空をおおいかくすように振り降りてきて、かべくんをこわし続けています。
すると、あのサッカー好きの男の子が立ってこちらを見つめているのに気がつきました。
『やあ、もうぼくにボールをぶつけることもできなくなってしまったね。』
かべくんが言うと、それが男の子に聞こえたかのように答えてきたのです。
「オレ、やっぱりサッカー好きだから、もう少しあきらめないでやってみるよ。」
それを聞いて、かべくんの胸があつくなりました。

太陽

かべくんは、やっとわかったのです。
いつもいつも考えていたこと、つまり
ーなぜぼくがここにいるかー
ということを。
『ああ、そうだったのか。ぼくがここにこうして立っているということで、あの女の子や男の子や、クモや、猫や、みんなに何かをあげることができたんだ。手も足もないけれど、みんなによろこばれることだったんだ。ああ、なんてしあわせな日々だったのだろう。』

それっきり、かべくんは、考えることも感じることもありませんでした。
くずれ落ちたかべくんのかけら、ひとつひとつに、太陽の光りがいたわるようにふりそそいでいました。



あとがき
このお話は25年も前に創りました。
当時サッカー少年だった息子は、もはやおじさんです(笑)
泣きむしだった娘は、今やサークルを率いていて、みんなが口出しもできないくらい弁が立つそうです(;'∀')
このお話を読み返して涙ぐみながら、「壁」とは何だったのか、改めて振り返っています( ´艸`)