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令和の歳時記 トノサマガエル

トノサマガエルは暑い夏の田んぼの水面でぽっかりと手足を大の字に広げ、顔だけ水面から出し浮かんでいることが多い。夏のうだるような暑さから逃れて一時の安らぎを楽しんでいるように見える。



わたしはカエルの中でこのトノサマガエルが一番好きだ。とても愛らしい。田んぼにそっと足を入れてトノサマガエルを捕まえようと手を伸ばす。彼はわたしの気配を察知してすばやく泳いで逃げる。わたしは更に追い掛ける。

観念したのか、稲の生え際のドロドロした土中に潜った。お尻少しだけ見えている。苦笑してしまう。

トノサマガエル2



わたしは両手でトノサマガエルを捕まえる。ヌルリとした感触、コンニャクみたいで気持ち良い。手の中で必死の逃げようと暴れる。

するとわたしの両手からスルリと飛び出し再び水中へ“ポットン”という音を立てて落ちる。またしても追いかけっこの始まりだ。



再びトノサマガエルを捕まえ、じっくりと観察する。美しい。頭の尖端からお尻まで緑色の1本の筋が真直ぐ通っている。

回りを黄金色の模様が包んでいる。目もとは金色で、わたしをギョロっと睨みつけながら涙を拭うかのように前足で何度も擦ってまばたきをしている。



田んぼから出て草むらにそっと置いてみた。警戒する視線は相変わらずだ。正座するかのようにお淑やかにわたしを見る姿がまたまたかわいい。お尻を木の棒で突っ突いてみた。

ぴょんぴょんと跳ねていく。しかし、悲しいかな、あまり遠くへは跳べない。トノサマガエルは不器用なカエルなのだ。

けれども一生懸命に田んぼを目指す姿を見ていると人間と同じ生き物なのだ!と愛着の念を感じずにはいられない。


田んぼの淵っこの桜の木の木陰に座って、子どもの頃を思い出した。追いかけっこして捕まえたトノサマガエルはヌルっとしていてコンニャクのように気持ち良かった。

トノサマガエル4

家へ持ち帰り、ミミズを与えると目をパチクリさせて嬉しそうに食べてくれた記憶がある。

あまりの可愛さにわたしは魅了され喜んだものである。

図鑑で名前の由来を調べると“殿様蛙”と書いてあり、直立して座った時の“威風堂々”とした風格、そして色鮮やかな模様からお殿さまの冠がつけられたと書いてあり、まだ世間を疑うことを知らないわたしは尊敬の念を抱くようになった。



このカエルはオスとメスの模様が違う。オスは頭の尖端からお尻まで真直ぐ伸びた緑色の縦線があり、回りを金色の模様で囲われている。メスの縦線はうすく、混濁した斑点模様があるだけだ。

もちろん鳴くのはオスだけでメスは鳴かない。トノサマガエルが鳴く声を“ゲロゲロ”とイメージする人が多いが実際は“グエーゴ、グエーゴ”である。



オスは口の横に鳴き袋を持っていて、それを思いっきり膨らませて大きな音を出し、メスにアピールする。短歌や俳句に登場する“かわず”のほとんどはこのトノサマガエルの声であろう。



さて、このトノサマガエルだが意外や意外、関東地方にだけはいない。伊豆半島辺りを境に姿を消す。しかし、青森から南下して本州のほとんどの地域にいる。

東京の水田や緑地で捕獲を試みたことがあるが、捕まるのはダルマガエルや、トウキョウダルマガエルばかりだった。文献で調べてみると昔から関東地方にはいないと書いてあった。



そんなトノサマガエル達が謳歌する夏が今から始まる。田んぼは“お殿様”であるトノサマガエルに支配される。

一つ頭に入れて置きたいのはこのトノサマガエルも水田の減少、水質汚染の影響で絶滅機種になりそうだということだ。



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