あなたは祖父の延命を希望しますか?
美容院を出てミスドに入った。
玄関までお見送りに来てくれた美容師さんの、心配している視線を背中に感じる。
ドーナツの匂いが不意にした。
急がなくてはならないはずなのに、足はドーナツ屋へ迷うことなく入る。
ドーナツポップというキャンペーンをしていた。
一口サイズにカットしたドーナツを大箱で販売しているものだった。
しかもドーナツひとつひとつは自身の好みで選べるのだ。
たしかにドーナツひとつは大きいので、このキャンペーンは画期的だなと感心した。
これから病院で落ち合う面々を思い浮かべて、ドーナツを放り込んでいく。
手が震える。
別に大丈夫なのに。
落ち着いてるのに。
先ほどまでいた美容院でちょうど髪の毛を仕上げのセットに入っている段階の頃、叔母から
「緊急!れんらくして!」と、LINEがきた。
変換する余裕さえなかったのか、そんな連絡を受けた時でさえ、
「気管切開するかしないか家族で決めるように言われた。とにかくいまから大学病院へいく。」と言われた時でさえも、
私は冷静だった。
(その場にいた客と美容師さんは何事かと驚いただろうが)
祖父は下咽頭癌を患っていたが、抗がん剤と放射線で見事撃退。
しかし2週間前より喉の腫れと咽頭痛を訴えていた。
そのため食事も十分に摂取できず、入院となったのだ。
ガン再発は検査の結果より認められなかった。
経過も良好だったため、本日退院。
の予定だった。
退院間近に迫った頃、祖父の咽頭は2倍3倍に腫れた。
咽頭が腫れるとはつまり、気道を塞いでいる状況である。
呼吸ができなくなりつつあるということだ。
呼吸ができない人には、人工呼吸器をつけるのかと思う人もいるかもしれないが、咽頭がこれだけ腫れていたらチューブが喉を通らない。
そのため、喉仏の下を横に3.4センチほど切開し、人差し指程度の長さのチューブを入れて、呼吸を補助するということだ。
鼻や口からの呼吸を、喉に空けた穴で行う。
気管切開を行うと声帯に空気が通らないので声を失う。
また、食事は口から摂取することは不可能になる。
もちろん、状態が改善して喉の腫れが引けば、喉のチューブを抜き、喉の穴は縫合して元の生活に戻ることはできる。
ただ、祖父は90歳。
改善する見込みは極めて低いだろう。
手が震える。
私も喉が詰まったようにうまく呼吸ができない。
ドーナツ屋の甘ったるい匂いにすこしだけ吐き気がする。
胃がムカムカするのは朝から何も食べてないせいなのか。
食事や会話の楽しみを奪い、生きながらえさせるのか。
もう楽にしてやるのか。
私たちは病院に着いたら、決断しなければならない。
モラハラで祖母の料理にケチばかりつけてきた。
憎まれ口を叩き、娘たちからも半ば見放されてきた。
野球の日には応援している球団の服を着て祖母と応援する。
私には、いつも文句言うけど祖母のご飯が一番腹に合う。とこっそり教えてくれた。
私が海外に行くことを、止めたって無駄だろうと応援してくれた。そんな祖父。
私が生まれた頃から、ずっとそばにいた祖父。
私たちは、祖父を目の前に適切な決断が下せるのか。
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