絶望の沼でもがくとき

いろいろ思うようにいかない
焦りと、絶望の沼で動けなくなる
生きていくことが苦しい
死ぬ勇気はないけれど
もう生きていたくない

と絶望の沼に脚を取られ、もがくとき。
それこそ人間の元々の姿なんだと、私の師は言った。

絶望するのは、希望があったから。
だからこそ、それが絶たれたことに絶望するのだ。

「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか。」
(エリ、エリ、レマ、サバクタニ)
(新約聖書「マタイによる福音書」27章46節)

イエス・キリストは十字架上で死の間際、そう叫んだ。

聖書は、キリストの死は死で終わらなかったと語る。
キリストは復活し、2000年以上たった今も人々の中で生き続ける。
絶望する人々の傍らにキリストは居る。




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