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強硬外遊の総理

コラム『あまのじゃく』1954/9/19 発行 
文化新聞  No. 1282


アジア諸国に背を向ける悪癖⁈

    主幹 吉 田 金 八

 駐留軍を解雇されたのを悲観して夫婦心中を図ったが、若妻が同意しなかったので、自分だけ死のうと天覧山の裏山をうろついているところを取押さえられた男がある。
 つい先頃は全駐労48時間ストがあり、まだこの首切り反対、退職手当8割増の争議は解決されておらず、第2、第3のストも予想される段階にある。
 失業の悲劇はいよいよ深刻に身近に迫った感が深い。
 日本に、平和条約が締結された後までもアメリカの基地が残されている事は不都合であり、平和条約の条件である行政協定による日米両国の合意とはいえ不自然である。
 米軍はアメリカに帰って貰って、米ソ両陣営の戦端の渦中に日本が巻き込まれることを避けたいと願望するのは、戦争はコリゴリの平和を求める日本人有識層の声で、革新政党、民主団体も強くこれを主張している。
 一方では、米軍に帰って貰いたいと言い、一方では駐留軍の要員を解雇しないでくれ、言い換えれば米軍に何時までも日本に留まって貰って、日本人の雇用者を多く使ってくれという矛盾した言い分である。
 これはキレイな口をきいていたのでは腹が膨れないという、理想と現実の不調和である。
 特に、この地方は横田、ジョンソン、所沢と周辺に大きな米軍基地を持つだけに、この関係の職場に働く人の数は莫大のみか、これらの労働者や米兵、パンパン等に依存する職業は広範囲で、仮にこれらの基地施設が全部廃止された場合を考えれば、巷に放り出される失業者の群れは数知れず、関係都市の商業者の痛手も計り知れないものがあることは当然である。
 だからといって条理に合わない他国の軍隊に永久に居て貰いたいという理論は成り立たない。
 また居て貰いたくとも、先方は日本人のご都合のために駐留している訳ではないのだから、居たくなくなればサッサと引き上げてしまうことは、北海道の例でも明らかな通りである。
 だから政治的には日本の戦争不介入、平和保持のために他国軍隊の自国撤退を主張し、経済的には何時米軍が引揚げる様な事があっても、これに依存する業態、勤労者も驚かない態勢を整え、心構えを持たねばならない。
 政府もこの方針を堅持して、平和産業の面でこれらの繁栄を持続するために、政策を推進しなければならない事は言うまたない。
 占領軍が引き上げたために、その苦力的使用に甘んじていた日本人が、失業を苦に自殺をするなどということは国の恥であり、政治の貧困極まれりという事になる。
 在日外国軍が漸次撤退して、そのために失業する者があっても、その失業者は他産業に吸収して何等動揺も起きず、全国民が真の平和状態の実現に歓喜するのが当然でなければならない。
 ここでどうでも問題になるのは、吉田自由党の向米一辺倒の政策である。日本がフジヤマで代表する観光とゲイシャで代表するパンパン、生糸とお茶を輸出貿易、若しくは外貨獲得の大宗とし、これによって国際収支のバランスが保てるなら産業、科学の部面に世界の最高水準を行く米英の陣営諸国とのみ友好提携し、東洋の諸国家とは仇敵のような関係にあって、交易しないでいる事も良いかもしれないが、パンパンや観光による外貨は知れたもので、生糸やお茶くらいの輸出では、常に先様から売りつけられる自動車や精密電気機械、時計等の支払い超過で、何時になってもピーピーで、アメリカにはかなわぬが、東洋諸国では一流の工業製品も、うまいお得意がつかず(中国やソ連の需要は、こちらから知らんふりをして)自ら身動きの出来ぬ羽目に嵌ったのが現在の状況ではあるまいか。
 これは言い換えれば、去年流行の品物を抱え込んだ田舎の呉服屋が、銀座人種に販路を求めているようなもので、物好きは骨董品として買って行くかも知れないが、大方は馬鹿にして通り過ぎてしまう。
 それより辺鄙な東北地方にでも持って行けば、1年位の流行遅れはお客が意に介せず、羽が生えて飛んでいくのに気づかないと同様である。
 どう考えてもアメリカ様々で、共産圏のアジア諸国を袖にしている吉田自由党の気が知れない。 
 もっとも、吉田茂には銀座の三越の盛衰は気になるが、田舎の呉服屋の事など眼中になく、決算委員会の喚問は公務多忙でごまかして、国民のゴーゴーたる批難の声を他に、新春の三越のウィンドウを飾る新奇な商品を探して来ようと、シャニムに外遊を決行しようとしているのは困ったものである。


 コラム『あまのじゃく』は、埼玉県西武地方の日刊ローカル紙「文化新聞」に掲載された評判の風刺評論です。歯に衣着せぬ論評は大戦後の困窮にあえぐ読者の留飲を下げ、喝采を浴びました。70年後の現代社会にも、少しも色褪せず通用する評論だと信じます。
 このエッセイは発行当時の社会情勢を反映したものです。内容・表現において、現在とは相容れない物もありますが、著作者の意思を尊重して原文のまま掲載いたします】

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