見出し画像

ひがむな!ひがむな ‼

コラム『あまのじゃく』1957/8/10 発行
文化新聞  No. 2631


貯蔵原水爆を ”誘導自爆” の研究など……

    主幹 吉 田 金 八

 原水爆兵器の禁止を叫ぶ声には大いに共鳴する。ただ、これが実験に際して発する、いわゆる死の灰の影響について原水爆を持つ国と持たぬの国とで、学者の意見がちぐはぐなのはどうしたものか。 アメリカ内部にも実験禁止論者があって、死の灰の人体への影響について甲乙反駁し合っている。
 何でもかんでも恐ろしいと言い立てているのは、ほとんど原水爆を持たぬ国の様であるのは、これが実戦の場合、投下される運命にある国々として、当然すぎるほど当然であることにしても、実験の影響は空気と水とで全世界が繋がっている以上、日本やインドにばかり死の灰が飛んできたり、放射能まぐろが泳いでくるという理論は頂きかねる。
 海流や気流も天体現象で時々脱線するから、寒暖異変や予期しない台風で測候所を慌てさせる訳で、アメリカやソ連、イギリスには実験放射能が全然及ばないという事は考えられない。
 それらの国々は日本に近い太平洋の真ん中で実験をやる以外にも、自国内でも相当の爆発事件をやっており、それらについては死の灰は出ないのか、自国民の反対についてついぞ外電は報じていない。ただ英米ソ三国の反対者は宗教的、人道的関係の人たちがもっぱら原水爆を持たない弱者の側に呼応している様である。
 死の灰は日本の学者の言う様に何代も経って不具の子供が生まれたり、知らず知らず人類を破滅に導くだけの悪威力を持つものだろうか。もしそれが真実ならば、原子核科学において日本を足元にも近寄せない先進国の米英の学者、国民大衆が黙っているのはおかしい。日本の学者以上に米英の学者はそのものの真髄を極めていると思われるからである。これが私の抱いている疑問である。
 東京工大の学生、教授が『核化学で兵器に使われる恐れの部門の研究をしない』との運動を起こしたと伝えられている。
 およそ運動というのは目標相手に感動、脅威を与える集団行為を指すものだろうが、果たして自力は電子発電のサンプルさえこさえられない、この事は日本の学問技術、資源の内容を示す以外のものではないが、その日本の学生や教授が核兵器の研究には参加しないと声明する事がどれだけ米英ソの原子核研究先進国を感動させ、脅威を与えることが出来るであろうか。
 これは電気洗濯機など高嶺の花の裏長屋の内儀さんたちがオシャモジを押し立てて『電気洗濯機の使用法なんかは教わらないぞ』とデパートに示威するようなものであり、明治開化期の漢方医者が洋楽や解剖医学に反対する様なもので、相手様には何ら痛痒を感じさせないのではないか。
 この人達と兵器と平和工業への利用との限界については、ハッキリ区分けかねているようだが、岩を削って道やトンネルを開くダイナマイトも戦車を跳ね飛ばして軍隊を殲滅に陥れる地雷火、砲弾も爆薬には変わらない。
 これらを平和的に使うか、戦争に使うかは国民と政府が決めることで、科学者はその使途に関係なく、さらに低廉にして強力な威力のある爆発力を研究するだけで良いのではないか。
 科学の成果は人類の平和的発展に寄与されることが本望である事勿論で、あらゆる学者はその知識と社会の尊敬を土台にして、国民や政府を平和的軌道を歩むよう指導、啓蒙することは当然であり有効であるが、戦争にも使われるからといって原子核の研究を放棄することは頷けない。
 日本の科学者が全世界の原子核研究に有力な発言するだけの実力を持っているのなら、さらにその研究を高度化して何万キロ遠方の秘密工場で製作保管している原子爆弾を無線電波で自在に自爆させるような研究をモノしてもらいたい。
 仮にそうした発明が日本の科学者の手で完成されたとすれば、それこそ世界を寝かすも起こすも日本人の手で、日本は自ら原水爆を保有せずして、人類平和の鍵を握ることになる。
 問題は日本に世界一強力な核兵器ができても、日本人がそれを利用して他国への征服欲を起こさないという平和への決意を堅持するかしないかの点にある。
 自分に無いから原水爆反対、貧乏だから社会党で、金ができたら自由党では困る。
 自分の家にないうちは『隣のラジオはうるさい』と難癖つけて、今度は自分で買ったら、夜も昼も間断なく聞いてもいないのにガ鳴らして置くというのと同じでは困る。 


 コラム『あまのじゃく』は、埼玉県西武地方の日刊ローカル紙「文化新聞」に掲載された評判の風刺評論です。歯に衣着せぬ論評は大戦後の困窮にあえぐ読者の留飲を下げ、喝采を浴びました。70年後の現代社会にも、少しも色褪せず通用する評論だと信じます。
 このエッセイは発行当時の社会情勢を反映したものです。内容・表現において、現在とは相容れない物もありますが、著作者の意思を尊重して原文のまま掲載いたします】

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?