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功罪物価論議

コラム『あまのじゃく』1963/10/31 発行
文化新聞 No. 4606


自民インフレ政策に軍配 ⁈

    主幹 吉 田 金 八

 今度の総選挙の与野党の攻防の焦点は物価問題にありと言われる。
 池田総理は「収入が増えたのだから、手直し的に多少の物価値上がりは仕方があるまい」と言う。
 私も何日か前、この欄で総理大臣の主張を支持したようなことを書いた。しかし、これに対する野党の攻撃は「所得倍増は掛け声だけで、所得の増える前に物価の方は先回りして高くなった。自民党の政策は大衆の生活を余計苦しくさせる」といったところに、明日から始まる与野党の選挙お題目論争は集中されそうである。
 正反対の立場の人達がやり合えば良いはずのところへ、与党の中から多少池田政策を批判がましい発言が出かかって、戦列を整えることに腐心している自民党の幹部を慌てさせてしまった。
 さらに27日の佐藤栄作国務省が倉敷市での遊説中の物価論議が時期が時期だけに閣議で問題視され、「この際、閣僚の発言はすべからく慎重に」とたしなめられた訳である。
 政治家の演説など場当たりのハッタリが多いのだから、その時の会場の空気で多少脱線することもあり、調子に乗り過ぎることも避けられない。議会の答弁演説のように原稿を用意する慎重さもなく、それがかえって面白いのである。
 それはともあれ、自由党の政策はインフレにある。上がることは歓迎だが、何によらず下がることは賛成しない。緊縮より放漫である。
 また、国民も全てに上がることの方が気持ちが良い。月給を上げるから、物価が上がっても我慢しろと言う方が受けが良い。
 物価を半分にするから、月給も半分だと言ったら、おそらく自民党の賛成者は半減するだろう。
 この間も週刊誌に、「だが、サラリーマンが出掛けに女房から渡されるお小遣いは、4年間に少しも上がらず、依然として100円」というのがあったが、200円を渡されて然るべきものが、これだけは昔通りに据え置かれて、その分が耐久消費財に回されるというのか。
 しかし、亭主の弁当代から捻り出した以上に、生活は向上しているものと、私は見ている。 それと失業者がいなくなって国民の労働参加が増えた。
 今では五、六十の婆さんでも、いろんなことで収入の道が増えた。遊んでいる者が少なくなった。
 所得が倍になって物価が倍になったのなら行って来いだが、それよりも功徳は増えていよう。
 功罪半ばするというより、いくらか功の方が勝っていると私は思う。国民の気分の良い方を狙う自民党の方が、やはり政治家としての手練手管の点ではアンチャンだと思う。 


 コラム『あまのじゃく』は、埼玉県西武地方の日刊ローカル紙「文化新聞」に掲載された評判の風刺評論です。歯に衣着せぬ論評は大戦後の困窮にあえぐ読者の留飲を下げ、喝采を浴びました。70年後の現代社会にも、少しも色褪せず通用する評論だと信じます。
 このエッセイは発行当時の社会情勢を反映したものです。内容・表現において、現在とは相容れない物もありますが、著作者の意思を尊重して原文のまま掲載いたします】

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