見出し画像

親戚の結婚式に呼ばれて

コラム『あまのじゃく』1959/2/23 発行
文化新聞  No. 3177


文章口述? による祝辞に喝采 

    主幹 吉 田 金 八 

 記者の従兄妹にあたる飯能駅南で竹細工屋を営んでいる西澤福五郎君の娘さんが、原市場の土屋キヨ前市議の御二男と結婚することになり、今日、中央公民館で挙式を行うということで、記者に司会者をしてくれと西沢家から頼まれた。
 土屋キヨさんは夫君が原市場村の助役をされた事のある方だということは、自分の新聞で知っており、またキヨ前市議は婦人会長で顔見知りであった。それに何年か前、女史の御三男が京都大学の入試の際、受験票を落とされたのを文化新聞で報道して拾得者が現れ、試験に間に合った事もあり、その翌年ついに京大をパスされた折に、前年の感謝を含めて喜びを分けていただいたご縁もある。
 お仲人の土屋正医師も、信用金庫の北陸旅行の際、長良川の鵜飼いでご夫妻と同船し、気心も知れている方達なので、気楽に進行掛かりも出来そうだと思いお引き受けした。
 進行係の役目上、前日公会堂に打ち合わせに行ったところが、潮見主事から進行は公民館の方でやるから、親戚代表として5分間祝辞をやってもらえば良いとのことで、気骨の折れそうな進行係の方はお役御免になったので、重荷が降りてヤレヤレである。
 今日午後1時からの挙式で、書くことにはいささかの自信はあれども、さてしゃべることにかけては全くもって自信がない。
 特に下手に脱線したら、折角のお祝いがとんでもないぶち壊しになる婚礼の祝辞とあれば、殊更に慎重にかからねばならず、そこで次のように下書きを練ってみた。普通の祝辞なら真意さえこもれば多少の無作法な用語も表現も許されるのであろうが、結婚式は禁句もあれば常識的、形式的ならざるを得ない面もある。しかし、テレビ結婚式などは随分くだけた例もあるので、いろいろ頭をひねって見た。
『本日は土屋、西澤御両家のお祝いにお招きを頂きまして、この希望に満ちた和やかな交歓を拝見させて頂いたことは何よりの悦びでございます。
 私は西澤の親戚でございますが、今日花嫁さんになられた〇子さんはお勤めの関係等もあって、初めてお目にかかるような始末で、その人柄、長所、欠点についても花婿の〇〇君についてと同様、何も存じておりません。
 しかし、西沢家とは長い親類付き合いで、ご両親、ご兄弟等の人柄、情愛等については太鼓判を押して憚らない自信を持っております。
 これらの家族の愛情に育てられた〇子さんが、極めて自由に伸びのびと成長されて、去年同じ職場に働かせていた。〇〇君と理解愛情に結ばれ、さらにご両親のお眼鏡にもかなって、本日ここに、一生変わらない夫婦の契りを結ばれるに至ったことは何よりの喜びでございます。
 昔は家と家との結婚が 広く行われましたが、最近はそうしたことは全く流行りません。
 嫁さん、婿さんを貰う事は家柄を貰う事でもなければ、物を貰う子事でもない、心と体を貰う事です。貰うとか呉れるとかいう言葉が古ければ、心と体とが水も漏らさないようにピッタリと結合することです。
 本日、花婿花嫁さんのご様子を拝見すれば、まさにその理想の図であるように伺われます。
 聞くところにところによれば、御両君はお式の終わり次第、花婿さんの任地である名古屋に向かわれるとのことですが、これが期せずして新婚旅行をも代用するようなもので、全くもって羨ましい次第と存じます。
 この上はお二人が緊密な共同作戦で理想の家庭を建設なさることですが、その点においてはすでにご両人に十分のご成算があられるものと信じます。
 人生の先輩としての老婆心で、強いてお口添え申し上げるならば、〇〇君のお勤めの埼玉銀行は全国最大の地方銀行で、今や中央銀行の列にのし上がろうという安定勢力であります。こうした立派な職場をお持ちの上からには、この職場に一生を任せて、よき銀行員として銀行に忠誠を尽くすことが良き家庭の建設につながる唯一の道だと存じます。
 銀行は他人様の大事な財産を預かって、得意先にマネービルを築かせる商売でありますから、門前の小僧で自分も財産を築こうというようなことになりやすいかと存じますが、よき銀行員となることは下手に事故のへそくりの蓄積を志すことではないと思います。
 真面目に野心を持たず、与えられたサラリーの範囲で赤字も出さないように、十分に家庭生活をエンジョイすることが夫婦の円満、結婚の完成への道だと信じます。
 お二人の代わらざる愛情、聡明な理解に期待して、土屋、西澤両家の弥栄を記念してお祝辞といたします』 


 コラム『あまのじゃく』は、埼玉県西武地方の日刊ローカル紙「文化新聞」に掲載された評判の風刺評論です。歯に衣着せぬ論評は大戦後の困窮にあえぐ読者の留飲を下げ、喝采を浴びました。70年後の現代社会にも、少しも色褪せず通用する評論だと信じます。
 このエッセイは発行当時の社会情勢を反映したものです。内容・表現において、現在とは相容れない物もありますが、著作者の意思を尊重して原文のまま掲載いたします】

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?