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大野伴睦特使に添えて

コラム『あまのじゃく』1963/10/30 発行
文化新聞 No. 4605
 


忌わしい過去の日本を許して‥ 

    主幹 吉 田 金 八

 日本が中共と経済国交を回復するための口火としてピニロンプラントの延べ払い輸出を許可したことに対して、台湾国民政府がご機嫌を悪くして、放置すれば何かと将来の親善に都合が悪い。
 そこで今度自民党の副総裁大野伴睦氏を池田総理の特使として蒋介石総統の誕生日祝いに31日訪問させる事になったようである。
 貿易ということは個人の取引と同じで、有無相通じてお互いの生活がやり良くなり、都合のよいことである。
 主義政策が違い、その事のために角付き合いをすることはお互いが不便である。しかし、その角付き合いが侵略の危険をはらみ、戦争に発展する心配のある場合には損得、便不便にかかわってはいられない。
 また相手が意地の悪いことをして、その仕返しのような場合、たとえ、こちらが欲しいものが相手の所にあって、交換すれば都合が良い場合でも、売らない、買わないという事はしばしばあり得る。
 米国とソ連、ひいては日本とソ連、日本と中共との関係はそれであった。  
 ところが、近年仲の良かったソ連と中共の間が変なことになってきて、同じ共産主義国とは言いながらも、軍事的には一体という訳にはいかなくなってきた。
 そうした他人の夫婦の不仲に乗じるという訳ではないかもないが、元々同じ東洋で国は隣りづかっている。産物は日本にないものをうんと持っている。また、日本の工業生産品を要求している。
 こんな間柄だけに国の主義方針とは別個に、生活のために有無相通じたい気持ちは、お互いの国民同士の間に旺盛になってくるのは当たり前である。
 今までだって日本はアメリカに遠慮して、中共は台湾政府に対するい意地っぱりから表面は経済国交はない如く装っているが、結構香港その他の第三国ルートを通じて民間通商は行われていた訳である。
 しかし、そうした抜け買い的な事では大きな機械設備の輸出入は行われ難い。
 今回、ピニロンプラントの輸出計画などがそれで、これがまとまったのを手始めに、今後の日中両国間の貿易、ひいては正常な国交再開は急速に進むのではないかと思われる。
 台湾国民政府とすれば中国の正統をもって任じており、経文の様に大陸侵攻を未だに唱えており、アメリカにつながるの故で日本を親戚のつもりでいるのだから、その日本が中共と近づくことは嬉しくないであろう。
 しかし、誰が見ても蒋介石政権が中国大陸に君臨することは儚い夢であることは確かで、国民政府はアメリカの庇護で台湾の楽土をつつましく守ることが精々ではないかと私は思う。
 つまらなく中国大陸への野望を持ち続けて、日本との友好に横槍を入れるよりも、さらに一段と日本に近づいて、産業の近代化を図って豊かな自然と日本人に近い勤勉な国民性を活用して、国家民族の建設を図るべきである。
 日本は台湾の国民政府には嘗て、こちらの侵略主義のために大きな犠牲をかけた。 また、中国大陸の多数の国民に対しても全く例えようもない負債を背負っている。
 今後、我々は軍隊の力で貿易を伸ばす方法をとることを捨てた。どこの国とも仲良くして、お互いの生活を豊かにして、共に栄えることを念じる。この意味を台湾政府も国民も了解して欲しいものである。 


 コラム『あまのじゃく』は、埼玉県西武地方の日刊ローカル紙「文化新聞」に掲載された評判の風刺評論です。歯に衣着せぬ論評は大戦後の困窮にあえぐ読者の留飲を下げ、喝采を浴びました。70年後の現代社会にも、少しも色褪せず通用する評論だと信じます。
 このエッセイは発行当時の社会情勢を反映したものです。内容・表現において、現在とは相容れない物もありますが、著作者の意思を尊重して原文のまま掲載いたします】

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