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合併に野望は禁物

コラム『あまのじゃく』1956/9/13 発行
文化新聞  No. 2385


無謀な「高萩・飯能合併論」

    主幹 吉 田 金 八  

 飯能市周辺の町村合併も土壇場へ来て、急ピッチで予期された方向にまとまってきた。
 原市場の飯能一辺倒の踏切に発端が解きほごれ、東吾野が住民投票でこれに続いたかと見るや、間髪を入れず吾野村も洞爺峠を下った。
 吾野の筒井順慶も名栗村との同盟をほのめかしたが、これは天地の理に背いた不自然な形態は誰の目にも明らかで、何故あんなことを考え出したかと、他人に奇異な感を抱かしめたが、これも一部の策動家の小策に終わって、吾野川の水を逆流させることは不可能だと悟った吾野村民は、自然の理に従う賢明な道を選んだ事は何よりと言うべきである。
 残るは名栗一村のみで、県の小委員会が四ヵ村の意向に最大公約数として打ち出した、一市四ヶ村の第二次試案が完成される訳である。
 名栗がこの天下の大勢に順応して、四ヶ村の同一歩調に殿軍として馳せ参じいるか、天険を頼んで重慶を死守した蒋介石の二の舞で、日本には負けなかったが澎湃たる中国共産党の時勢に追われて、台湾に亡命政権の露命をつないでいるのと同じことになるか、途は二つである。
 つい先ごろまで、名栗の村論は合併不要論であった。それが県の小委員会干渉合併不可避論に変わった。さらに最小限度、最小範囲二ヶ村合併へと漸進した、ちょっと伸ばしに運命の日を遅らせようとして、ジリジリ追い詰められている姿が想像され、この村民には西武町のような大胆不敵なことがない事がわかるではないか。
 だから、記者は名栗が、二ヶ村が船に乗り、自分だけが浜辺に残されそうな気配にいたたまれなくなって、最後の瞬間に『その船待って』と言い出すことが見える様である。
 ただ、その決心がうまく発船前に決まるかという懸念である。
 船に乗るには乗船手続きが必要だ。それらの煩雑な手続きがドラの鳴る前に済ませられるかどうかである。
 せっかく喧々囂々たる村論を統一して、『ではこの船で行こう』となったのに、船が出てしまったのでは、勿体ないない次第である。
 近所の持て余し者で、西武町の様に『なぁに、そのうち合併促進法も新町村建設法もウジァウジァになってしまうよ。それに勧告に応じなくたって、別に刑務所に行くとか、罰金とか罰則はないではないか』と最後には県知事ぐらい何とでもなる平仙レースの権力を頼って、悪図々しく居直っているのに比すれば、名栗村などは純情娘のようなもので、『促進法の期限内ならば村有林の生産組合を認可するが、期限を過ぎての合併には、それを認めない。全財産残らず持っていく合併だ』とでも県から決めつけられれば、財産だけに頼るこの村民は、たちまちヘラヘラとなるのではないかとさえ予測される。
 そこへ行くと西武町は勇壮である。名の如く西武蔵武士の面影そのまま、上野寛永寺に立てこもって官軍相手に一戦はおろか、飯能、函館に逃れても、幕府へ趣旨を立てようというサムライ気質を立て貫こうとしている。
 切腹で最後を飾る様なことのない事を祈るのみである。
 合併はあくまでも村民の意志である。脅かしで合併を推進させることも悪いが、ごまかしで村民を迷路に誘い込むことも許せない。
 村の指導者が自分たちの功名手柄のため、または、顔役同志の意趣意地張から、住民の幸福など眼中になく縄張り争いをし、住民には嘘の説明をし、都合の悪い資料のみを示してあらぬ方向に持って行こうとする例が多い。飯能市が県の試案にない高萩村になどチョッカイを出したことは、多分にそうした野望の表れではないかと思う。
 荒川議長は高萩公民館の丘に立って『どうだい、この見晴らしは。飯能も土地が狭くて大工場を誘致したくても、敷地でどんづかえるが、高萩が飯能に来れば、用地に困らない』と言っている事は、ちょうど戦国時代の武将が録米上り高を考えて、隣国の沃野を伺っているのと同断ではないか。この言葉の中に含まれているものは、すべて自分本位の考え方である。町田市長の肚の中にも、 高萩も手に入れて日セを奪われた日高町を孤立させて、最後には挟み撃ちにして岡村町長に腹いせをする、という意地張があるのではないかとさえ思われる。それだけに高萩への手出しは、市議会協議会でも手厳しく批判され、江原市議は『飯能と高萩が合併して、お互いが幸福になる自信を持つ資料があるのか』と質したのに対して、荒川議長は『幸福にはなれるかどうかについては申し上げられない』と答えているが、おそらく申し上げる何ものもないのではないかと思う。
 ただ、人口を大きくする。大きくなれば発展だという単純な理念、相手住民が行政上経済的の便不便、得失など全然考慮していない、自分本位なことを前記の断片隻語の中に読み取れるではないか。
 記者は当初から一市四ヶ村、三高の二つのブロックの合併が理想であり、自然であると見ている一人だが、もちろん高萩の住民が上げて飯能合併を望むならばそれも結構、しかし、指導者の野心から住民の啓蒙など抜きで、がむしゃらに一方向に持ち込もうとするならば、許しがたい事だと思う。 


 コラム『あまのじゃく』は、埼玉県西武地方の日刊ローカル紙「文化新聞」に掲載された評判の風刺評論です。歯に衣着せぬ論評は大戦後の困窮にあえぐ読者の留飲を下げ、喝采を浴びました。70年後の現代社会にも、少しも色褪せず通用する評論だと信じます。
 このエッセイは発行当時の社会情勢を反映したものです。内容・表現において、現在とは相容れない物もありますが、著作者の意思を尊重して原文のまま掲載いたします】

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