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1億円を目指す犯罪

コラム『あまのじゃく』1963/9/13 発行
文化新聞  No. 4566


犯罪も倍増地代の到来か⁇

    主幹 吉 田 金 八 

 日本銀行で保管中の百万円が紛失して嫌疑が行員に向けられ、数十名の関係者がウソ発見器にかけられ調べられるという事件があった。
 このことを今年大学を出るという学生が「日本銀行に採用されるということは大したもので、その選抜に耐えて、せっかく得た貴重な職場を百万円くらいで棒に振るとは考えられないから、この事件は内部のものではあるまい」と批判していた。
 この学生は就職期に当面しているから、三井とか三菱、日銀といった有名銀行、会社の採用に選ばれることが、如何に困難だということを知っているから、こうした感想を抱く訳であろう。
 しかし、日本銀行ともなれば大世帯で、従業員もピンからキリまであって、必ずしも何千人の中から選ばれた人ばかりいるとも限るまい。ましてや、その収入は千差万別で、多額の金を扱っているから誰も彼も多収入とは考えられない。
 或いは世間が想像するよりも案外な低収入に不満をかこっている人もあるのではないかと思う。日本銀行に勤めているから、真面目で堅実だという見方のほうが世間知らずと言えるのではないか。
 特に最近のように世間が所得倍増に浮わついている時代で、マスコミの上っ滑りで他人の収入や生活がよく見える時代には、一足飛びに大きな金を握ってテレビに出てくる様な生活をして見たいと言った、せっかちな人間が出ないとは限らない。
 最近の犯罪の傾向として、泥棒の目的が百万円単位になってきた。
 18、9歳の青年が4、5人共謀して自動車を3台も使い(それもいずれも乗り逃げの車)会社の重役が銀行から金をおろしてくるのを路上で挟み打ちにして600万円の金を奪って逃げた、などは誠に壮烈なアメリカの映画もどきである。
 デパートを爆弾で脅して金を持って来いという金額も百万円が相場のようである。
 誘拐の身代金の相場も同様、いずれの犯罪もインフレの傾向にあって、これらの犯人の考え方がこの世代の考えを代表していると言っても過言ではないようだ。
 私は貧乏を政府のせいにするのは大嫌いである。どんな政府が出来て、どんな政治を施しても怠け者は貧乏するという鉄則に変わりはないと思っている。
 青少年の不良化は社会が悪い、親が悪いとはよく言い、また言い易い言葉だが、私はこれに便乗しようとは思わない。
 しかし、自民党の所得倍増、物価倍増もどうも公平には行き渡っていないようである。
 政府もこれに気づいて、こうした歪みを直す政策を打ち出そうという考えの様だが、一度進行を始めたレールを転換することは容易な技ではない。ましてや、インフレによる気分大尽の根本政策を転換することは即自民党の選挙の票を散らすことで、これとても出来っこない。
 インフレが続行する限り、この種の犯罪と青少年の一攫百万円の夢は併行して、仕舞には1億円を目指す犯罪に発展するのではないか。 


 コラム『あまのじゃく』は、埼玉県西武地方の日刊ローカル紙「文化新聞」に掲載された評判の風刺評論です。歯に衣着せぬ論評は大戦後の困窮にあえぐ読者の留飲を下げ、喝采を浴びました。70年後の現代社会にも、少しも色褪せず通用する評論だと信じます。
 このエッセイは発行当時の社会情勢を反映したものです。内容・表現において、現在とは相容れない物もありますが、著作者の意思を尊重して原文のまま掲載いたします】

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