33. 嫁に浮気がばれた日。
ある日のこと。
『あこさん、今日、車出せる?ちょっと行きたいとこがあって…』
頼まれた通り、蓮の職場まで迎えに行った。
その夜は、私の車に乗り込んできた時から
蓮の様子はおかしかった。
『これかけていい?』と、スピッツのCDを渡された。
初期の頃の古いアルバム。
「ねぇ、どこ行くの?」
いままで、通ったことがない道を進んでる。
『この道…今まで避けててん。わざと、通らないようにしてた…。苦しくなるから…』
ん?
『でも、もう、今はあこさんが居てくれるから通れるかなって。』
ん??
全く話がみえない。
なんか、ひとりで感傷に浸っている様子。
『この道、一昨年まで、よく通っててん…』
『あこさんだから言うけどさぁ…実は2年前の今日、バレた日やねん…』
え?!なにが??
口には出さず、蓮を見た。
やはりまだ、哀愁ただよう悲しい感じを醸し出している。
『オレさぁ、実はあこさんと出逢う直前まで、彼女おってん。もう3年ぐらい付き合っててさぁ、、ほんまに好きやった…。』
涙ぐむ勢いの蓮。
「ちょっと待って。この前さ、奥さんと結婚した時のこと聞いたやん? 3年つきあってたってことは……」
『そうやねん。結婚して、すぐに彼女に出逢ってもうてん。』
私は絶句した。
蓮の職場に事務のバイトで入ってきた彼女は、彼の2歳下。未婚。
すぐに仲良くなって、すぐに好きになって、すぐにそういう関係になったらしい。
彼女がスピッツの大ファンで、それで、蓮も聞くようになったと。
今走っているこの道を通って、いつもその彼女を迎えに行ってた。
ご丁寧に、彼女のマンションまで教えてくれた。
当時は、結婚してたものの、土日も平気でその彼女とデートしてたらしい。
毎週水曜日はノー残業デー。
よって、毎週水曜日は、彼女と一緒に彼女のマンションに帰ってたらしい。
だから、バレた日から、今でも、奥さんは、毎週水曜日になるとおかしくなると。
いわゆるフラッシュバックってやつ。
なるほど。
だから、今まで水曜日に逢ったことがないのか。
用事があるっていってたのは、再構築の為か。
「でもさぁ。 確か娘ちゃんって、まだ3歳だよね?」
『うん。まぁ、、彼女と付き合ってる時に、嫁さん、妊娠した。』
………最悪だわ、この男。
過去の自分自身が蘇って、震えた。
「彼女に何て言ったの?ばれるでしょ?」
『うん、すごいショック受けてた。すごく泣かしてしまった。』
と、蓮まで泣きそうになった。
アホか。
怒りを通り越して呆れてきた。
でも、次の言葉に、驚愕。
『だから、彼女に申し訳ないから、子供の名前は、彼女と一緒に考えてん。』
……は?
『彼女、スピッツがすごい好きやったから、スピッツの歌から娘の名前とった。
あ、楓じゃないよ。1番彼女が好きな歌からとった。彼女も喜んでくれてた。』
う、うそでしょ。。
……こいつら、狂ってる…。
もちろん、私には全く関係のない話だが、あまりの怒りで、吐きそうになった。
しかし、私のそんな様子に気づくはずもなく、蓮の元彼女との思い出話はその後もしばらく続いた。
そして、ついに奥さんにばれた日のこと。
早朝、まだ眠っていた彼は奥さんに叩き起こされた。
奥さんの手には、彼女からの手紙。
メール、通話履歴は完璧に削除していたのに、彼女からもらった手紙を大事にリュックの内ポケットにしまいこんでたことを、すっかり忘れてたらしい。
おまけに、財布の中のレシートも突きつけらた。
昨夜、奥さんについた嘘と一致しない内容のレシート。
まぁ、そこからの修羅場は、どこも似たり寄ったりだろう。
彼女は若くて独身だったから、バレたという事実を知ると、当然、離婚して自分を選んでくれると思ってる。
そんなわけあるはずもない。
娘を理由に、離婚はできない知ると、あっさり彼女は、去っていった。
蓮は、そのことを、根に持っていってる。
心底、驚いた。
この男、全く、浮気を反省していない。
むしろ、勝手に人のカバンを漁った奥さんが悪い。
奥さんのせいで、彼女にフラレた。
奥さんのせいで、彼女に逢えなくなった。
嫁が憎い…。
嫁なんか大嫌いだ…。
でも、
それでも、娘のことは、可愛いすぎて、大切すぎて、なにものにも代えられない。
だから、嫁の言うことを、とりあえず聞くしかない…。
彼女と逢えなくなった毎日。
甘い言葉、刺激的な快楽と無縁になった毎日。
毎日ネチネチと責められる地獄のような日々。
そんな色褪せた毎日にすっかり意気消沈…。
そんな矢先、私が現れた。
『やっぱ、神様はいるんや!と思ったよ。
あこさんに逢ってなかったら、オレ、立ち直られへんかったと思う。
あこさんのお陰で、彼女のこと忘れられると思う。
あこさんは、神様がくれたプレゼントやと思う!』
……。
やっぱり、こいつ、アホだわ。
『だからだよ。
だから、絶対に嫁さんにバレたらダメなんだ。
あこさんとも逢えなくなってしまう。』
………なんか、違う。
ってか、なんなんだろう、この人。
そもそも、蓮は何がしたいんだ?
一体、今日はどこに行きたいんだ?
その記念すべき『嫁にバレた日』に、
失った彼女との思い出を、今の彼女に告白する心理。
全く、理解不能。想像すら出来ない。
私は、完全に言葉を失った。
と、ふいに、蓮の携帯の音が車内に響き渡った。
奥さんだ…。
『やっぱ覚えてたかぁ。だよなぁ。
ごめん、今日は出なあかんわ。』
そう言って、すぐに道路の脇に車を停めて、蓮は車から降りた。
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