44. 動揺

なんとか夫に出くわすことなく、無事玄関にたどり着いた。

呼吸を整える為に、深呼吸。

思いっきり息は切れていたけど、とにかく冷静を装う。

そして、ゆっくり玄関を開けた。


……あれ?


夫はいなかった。

すぐに携帯を確認。

あれ以降、着信はないようだ。

とにかく急いで家にあがり、あがってすぐ左手にある洗面所に入った。

と、その瞬間、玄関が開いて夫が帰ってきた。


なんだ……先に着いただけか。

「ごめん。心配させたみたいで。」

口火を切ったのは私。
顔は見せずに、先に声をかけた。

夫が、洗面所の入り口の前まで来た。

『一体どこに行ってたん?』

「え?LAWSONやよ。」

『俺も行ったよ。』

「寝付かれへんかったから、公園の方とかまわってゆっくり行ったから。」

『公園も行ったよ。』

「……そう。」

『俺、この辺、3周はしたと思う。30分以上、ずっと探してたけど。』

「ええ、そうなん?なんか、ごめん。なんで、逢わへんかったんやろうねぇ。」

そう答えて、私は、水道の蛇口を開いた。

手を濡らし、ハンドソープに手を伸ばす。

背中に痛いほどの夫の視線。

とてもじゃないが、振り向けない…。



わかっていた。

どう考えても、夜中にふらっとコンビニに行く服装じゃない。

わかっていた。

LAWSONまでの道、公園までの道、どちらも見通しがよく、こんな夜中に人なんて歩いていない。私の言うことが本当なら、絶対に見つけることができたはず。

私は、必死で手を泡立てることしかできなかった。

黙ってその様子を見ていた夫。

『一応、女やねんからさ。こんな夜中にうろうろしたらあかんで。』

「うん。ごめん…」

私は、手をすすぎだした。


夫は、それ以上は何も言わず、2階へ上がっていった。

夫の部屋の扉が閉まる音を聞いて、ようやく水を止めた。

大きくため息をついて、顔を上げ鏡に写った自分を見た。

はぁ……なんて酷い顔。


どう考えても、さすがに今回はまずい。

誤魔化しようがない。


もう、夜に蓮に逢うのはやめよう。

固く心に決めた。

もちろん、なんとかごまかせたとは思っていない。

けれど、なんとかやり過ごせると思った。

これからの行動に、気を付けなくては。

改めて身をひきしめた。








でも、実際は、手遅れだった。

この夜、ようやく夫は気がついたのだ。

こいつ、まさか?……と。




この時の私はすっかり忘れていたけれど、夫は決して忘れていなかったのだ。

あのTSUTAYA事件を。

あの時は、まさか男とは思いもよらなかったようだ。

でも、微かに感じた違和感。

そして、この夜。

その微かな違和感は、確実な違和感になった。

というより、これで、すべての点と点がつながったようだ。

まさか、うちの嫁に限って……。


夫の証拠集めが、始まった。

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