39. 降参
TSUTAYA事件のあった週末のこと。
「ピンポーン」
11時頃インターホンが鳴った。
誰だろとモニターを見に立ち上がった。
え?
1度うつむいて、もう一度よくモニターを見た。
なんで?
どんなに目を凝らして見ても、間違いなくそこに写っていたのは私の母親だった。
『あこちゃん、開けて。お母さん。』
まって、なんで急に?
私の母親は夫家族を嫌っていたので、この家には絶対に来なかった。
しかも、何の連絡もなしに、母親が私の家に来るなんて、あり得ない。
「ど、どないしたん?」
『ええから、開けなさい。』
その様子に長男が気づいた。
『あ!おばあちゃん!』
走って玄関を開けにいった。
そこには険しい顔の母と父。
そしてその後ろに、夫がいた。
人は笑う時、口→目の順で笑う。
それが本当の笑い。
私の両親の後ろから顔を出した夫は、
口と目が同時に笑った。
つまり、嘘の笑顔。
卑怯なやり方…
私は、夫に、怒りを覚えた。
私の両親の後ろからついて入ってきた夫は、なぜかヘラヘラして嬉しそう。
そして『すみません』とうちの両親に謝った。
『いや、謝らないといけないのはうちの方やわ。ほんまごめんね、りょうちゃん。
あこには、ちゃんと言うて聞かすから。』
いつの間に呼んだのだろう。義父もやって来て、子供達を外につれていってくれた。
夫はヘラヘラしたまま、『仕事なんで』と会社に行った。
夫が家を出ていってから、3ヵ月。
なんだろう。
うまく言えないけど、負けた気がした。
離婚に向けて何も進んでもいない私自身が、親に話すことなんてない。
ましてや、彼氏がいるなんて言えるわけもなく。
すべて想像のつくごく当たり前の話を、延々と母親から一方的に聞いた。
父は居心地悪そうに、キョロキョロ落ち着かないまま。
途中、父が買ってきてくれた何の味もしないお弁当を食べて、ただただ時間だけがすぎた。
2時間ほどして、まだヘラヘラしてる夫が帰ってきた。
うちの両親は、夫が嫌いというか、苦手。
『あことはちゃんと話したから。
3人の男の子ひとりで育てて、ちょっと疲れたんやと思う。
あとは、ふたりでよく話して。
ホントごめんね。
よろしくお願いします。』
そう言って、両親は帰っていった。
ヘラヘラ頭を下げてた夫。
玄関の扉がしまったと同時に、夫の顔から笑顔が消えた。
リビングに、夫と向かい合って座る。
ゆっくりと話し合い、というより、一方的な尋問が始まった。
『この3ヵ月、黙って今までどおり給料全部渡してたけど、どうや?ちゃんと残せたか?』
『仕事は見つかったんか?』
『これからどうやって生活していくのか決まったか?』
『いつ、おまえは出ていけるんや?』
『というか、いつまで俺が出ていかなあかんの?ここは俺の家やけど。』
何一つ、答えられない。
沈黙だけが続いた。
夫が煙草に火をつけた。
煙の匂いが部屋に広がった。
『なんや?本当の理由は。』
夫のトーンが急に優しくなった。
『やっぱり、本気で離婚したい人はこんなん違うと思うねん。ずっと、黙ってこつこつこっそり準備してるはずやと思う。』
『確かに10年前から俺もおまえも変わってないのかもしれへんけど、、でもやっぱり、ずっと離婚したいと思ってたようには見えへん。』
『何かホンマは、まだ言われへんことがあるんちゃう?』
わたしは肯定も否定もしなかった。
私は、一体何がしたかったんだろう…。
自分でも情けなかった。
夫の言ってること、すべて正しいと思う。
そのとおりだ。
そう、いつも夫は正しい。
きちんと論理的に理詰めで話してくる。
逃げ道を、ひとつずつ塞ぎながら話してくる。
一言でも反論しようものなら、その何十倍も返ってくる。
そして、完全に逃げ場をなくして、さらに追い詰める。
………もういいや。
いつも、夫と話してると、途中からもうどうでもよくなってくる。
だから最終的には、いつも夫のいうとおり。
まさに今もその状態。
もう話し始めて2時間はとっくに過ぎてる。
そういえば、こういう風になるのがもう嫌だって思ったんだ。
もう、夫と話すらしたくない。
でも、
もうどうでもいいや…。
なんか、もう色々疲れた。
まだ、夫は話し続けてた。
13年の結婚生活で、私は夫の前でしおらしく聞いてるふりをする術を身につけた。
夫の話は、もう聞き飽きた。
だから、もう途中から聞くのはやめた。
ぼんやり、聞こえてくる中で思った。
結局、夫の言いなりでいるのが1番楽なのかもしれない……。
ふと、我にかえると、夫は私に謝っていた。
……え、なんで?
しまった、聞いてなかった。
『今回のこと、俺が悪いって、みんなに怒られたわ。
なんでもかんでも、おまえに押し付けて申し訳なかった。
とにかく、今日は、一旦マンションに戻るわ。
明日から、ここに帰ってくるから。
一緒に頑張ろ。』
え? い、いつの間にそんな話に?
つまり、夫の話を要約すると…
毎日、3人の男の子をワンオペで育てながら、会社の手伝いもする。
夫は不在がちで、家のことを何もしない。
私自身の持病、喘息もちの子供達で、病院にかかることも多い。
看病疲れ、育児疲れからくるストレス。
そして、みんなが知ってる夫の威圧感。
両親も、夫の下で働いてる人達も、夫の両親でさえ、夫のモラハラは、よく知ってる。
だから、夫自身からうけるストレス。
それらのストレスから、私は鬱状態。
つまり、おかしくなってしまった。
離婚したい = 鬱からくる戯言
それが、身内一同の結論になったようだ。
でも、まぁいいや。
一旦、今回は降参する。
3ヶ月の別居期間何もできなかったのは私の方だから。
とにかく今は、私が私自身をたて直すことが先だ。
しっかりしなきゃ。
さて、
何て言おう……。
夫を黙って見送った後、
すぐに蓮に連絡した。
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