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【散文詩】半自動筆記に因る夜想曲(7)-2:『最愛のひとへ』-2

 そう云えば、授業を良くサボタージュして近くの森に行って居ましたね。
湾岸地帯なのに妙に寂れて居て、自然の生き物には事欠かなかったのを、記憶して居ます。
 『今日は兎出てるよ?きっと』
 或る日出掛けた時に、貴方はまるで預言者の様にそう仰言られて、微笑まれて居らっしゃいましたね。
 其の預言は真実のものと成り、
私達は一羽の白兎を、捕まえると云うでも無く、其れは齎されました。
 瞳は紅く、丁度紅玉ルビィの様な真紅をして居て、其の白さたるや、平和の象徴で在る鳩に比される程でした。
『ご覧、この児が幸福を運んで来たよ』白兎を抱き抱えながら、貴方はそう、仰言られました。
 それからずっと、楽しそうに兎と遊び戯れていらっしゃいましたね。
私も、貴方の無心の笑顔を傍で見る事が出来て、とても幸福でした。
 夕闇が迫る頃、私達は森から戻る事に為り、其の途中、私には忘れられない事が有りました。
 不思議な、心地良い、遊び疲れた後の幸福な気怠さの中、ふと会話が途切れ、如何したのかと思い、貴方の方へ顔を向けますと、とても深刻そうな、けれど此世に在らざるものを見詰める、
憂愁の眼差しを、していらっしゃいました。
そして、遠くを見つめられた儘こう仰言られたのです。
 『私達は、此処に住む虫達以下だ…。』
 貴方はもう憶えて居らっしゃらないかも知れませんが、遠くのに在る夕映えの河口と、更に遠くに在る水の都の様な街を背景にした、一つの幻想画の世界の様だったと、私は記憶して居ます。
 あれは本当に得難い体験でした。もう二度と得る事の無いものとなってしまった、今だからこそ。

<続>

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