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試される大地

先日、人生初となる北海道に上陸した。
東北・北海道新幹線で地元から2時間ほど。
飛行機を使わずにどうやって津軽海峡を越えるのかというと、青森と北海道を結ぶ日本最大の海底トンネル、青函(せいかん)トンネルを通るのだ。

初めて海底トンネルなるものを知った時はそりゃあ驚いた。だって海の中をトンネルが通っているなんて、まるで絵本の世界みたいじゃないか。現代の技術というのは、私が日々漠然と感知しているものよりも数段進んでいるらしい。

今回は旅行目的ではなく、研究所の手伝いをするための訪問であった。要はバイトである。

東京では既に桜が咲き始める頃、北海道は寒かった。残雪は当然のように鎮座しているし、吹く風は刺すように冷たい。まるで未だ冬のよう、というか冬そのものである。北の大地の寒さを舐めていた私は、コート一枚にネックウォーマーという北風もびっくりの格好で調査に臨んだ。詳細は省くが、一日中野外で活動するため体は冷えるし鼻先はずっと痛かった。オイオイ寒すぎるだろ、参ったな〜死んじゃうよ(迫真)とか思いつつ業務をこなした。労働の後は酒が美味かった。

2日目の昼下がり、今日も寒い寒いと凍えていたら、道端に軽トラが止まった。人も通らない牧草地。何事かと思い身構えていると、運転席から笑顔の老夫が手招きしている。毒気を抜かれてふらふらと近づくと、彼は何かを喋り始めた。

「〜〜〜おめは、〜〜んじゃばこれ!」

ダメだ。何言ってるか全ッ然わからない。
本当に同じ言語か?と疑うほどに何もわからない。
私も東北育ちなため、お年寄りの方言には慣れているつもりでいたが、土地が違うとこうも解読不能になるとは。北の大地の恐ろしさを再確認。

差し出されたビニール袋の中身を見てみると、肉厚なホタテがたくさん詰まっていた。思わず目が点になる。こんな大層なものを貰うわけにはいかない、そう引き下がるが男性はカラカラと笑うばかりで、ホタテ袋を受け取ろうとしない。

いやいや悪いですって〜
んじゃから××っぺ!
え〜アハハそんな〜

言語の通じない押し問答の末に折れたのは私だった。仕方ない、貰えるもんなら貰っとこう。
手厚くお礼を言って、年配の男性とその孫であろう少年に手を振る(ちなみに少年の方はギリギリ何を言ってるか聞き取れた)。


軽トラが去り、一人牧草地に残された私は呆然と佇んだ。片手にはホタテの入った袋、周囲に散乱するメカメカしい調査道具たち。私は無線のスイッチを入れた。他の研究員と連携をとるための無線だ。
「……ホタテ貰ったんで、後で皆で食べましょう」

『え?なんて?』
『ホタテ……ですか?』
『どういうこと…?』

にわかに無線の向こうから研究員たちのざわめきが伝わってきた。
北の大地は、恐ろしくもあたたかい。
オレンジ色の夕日を見つめながら、私は今夜の晩酌のことを考えた。

♦︎♦︎♦︎

そういうわけで、その晩は貰ったホタテと誰かが漁港から仕入れてきたカニを肴に楽しく飲んだ。旭川の地酒「男山」、北海道気分を味わうためのりんごシードル(どこにでも売ってる)、なんの関係もないスミノフ(どこにでも売ってる)をガバガバ飲んで、些細なことに爆笑して、一発芸でフクロウのモノマネを披露したりして、楽しい夜はふけていった。


翌日

二日酔いである。
頭がガンガン痛いし、無性に気持ち悪い。
昨晩の楽しさはなんだったんだ?幻か?
早朝、ふらふらになりながら車に乗り込む。
他の皆は昨晩の宴会などなかったようにケロッとしている。ふん、何さ、一晩明けただけでそんな澄ました顔しちゃって。
二日酔いとは無縁の面々に恨みの視線を送る。

移動の最中、悪路があった。舗装されていない土の道、上下ガタガタと激しく揺さぶられる悪魔の道。
揺れるたびにシェイクされる胃の中身、食道からせり上がってくるあの感じ。ガッタンガッタン、あばばばば、ガッタンガッタン、あ、もう無理無理。自分、一発イイですか?

……
………
北の大地はやっぱり恐ろしい。
そういう備忘録。

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